第二十三羽 不安定な平均台の上で

「木ノ瀬・・・くん」


ルール違反をしてまで逃げきったと思っていたところに、招かれざる客。
同じ班の、しかもフェローだけど できれば出会いたくなかった相手。


「ああ、安心して? 僕は警察役じゃないから」


その言葉に一瞬安堵するものの、彗の心は警鐘を鳴らしたままだ。正直、木ノ瀬君は苦手だ。何を考えているのかわからない。


「ゲーム終了ー! 全員スタート地点に集まってくださーい!!」


再びスピーカーからゲームの終わりを告げる声が響き渡った。木ノ瀬君は斜め上を見上げながら


「あーあ、終っちゃったね。もうちょっと成宮さんと話が出来ると思ったのにな」


と肩をすくめて笑っていた。


ゲームが終わり、逃げ切った生徒が広場へ集まる。

数少ない生徒達が集まってくる中、私と木ノ瀬君が建物の物陰から姿を見せると、生徒達から残念そうな声が上がる。



「元の体形に戻るよ、成宮さん」

「うん・・・・・・」


私は木ノ瀬君に簡潔に言葉を返す。やっぱり”予言”の事があるからまだ木ノ瀬君を警戒してしまう。
そんな私を見て木ノ瀬君は面白く無いような表情をしていた。


(っ、何でそんな顔、するの?)


そう思ったときだった。視界の端を木ノ瀬君の手が掠める。


ぐいっ!!



「人の話を聞くときは、目を見て聞きなさい、って先生に習わなかった?」



木ノ瀬君が私の双肩を掴んで自分に向き直らせた。一瞬の出来事に息が止まる程に驚き、私は動くことが出来ない。
じっ、と私の目が覗き込まれる。心の奥が読まれてしまいそうだ。
表情がますます強張る彗に、何事も無かったかのような表情で梓はその手を離す。



「じゃあ、元の位置に並ぼうか」

「うん・・・」



流石に気まずくなって、木ノ瀬君からふい、と視線をそらして生徒の列へ戻る。
昴が牢屋スペースから走ってくるのが見えて、わたしはようやく芯の底から呼吸が出来るような安心感を得た。



「昴! ・・・って、あれ? 向こうから走ってきたってことは捕まっちゃったの?」

「ああ、お前を探していたら油断してな。お前は?」

「うん、宣言通り。でもこのゲーム、心臓に悪い! もうやりたくないよー」

「よく捕まらなかったな。大丈夫か?」

「うん」

「それにしてもお前、何で木ノ瀬と・・・いや、なんでもない。無事ならいいんだ」



昴が言葉を濁したのが気になった。私は昴にその先を聞こうと口を開きかけた。しかし次の瞬間、背中にずしっと知った重みがかかった。



「ぬん! 彗、捕獲なのだー!」

「っちょ、翼! お、重い!」

「ぬーん、彗ー。離れてて寂しかったぞー」

「こら天羽! この不埒者め! 彗から離れろ!」



翼の登場でいつものやりとりが始まる中、梓だけはやはり面白くない表情で3人を見つめていた。




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夕食・入浴が終わり、グループごとに割り当てられた部屋へ戻る。
私は皆とは違う階に女子一人の部屋が割り当てられた。



「あーー! 疲れた!!」



ばふ! とベッドにダイブする。ふかふかのベッドが気持ちよかった。

一日狼どもに追いかけられた足腰はガタガタでお風呂に入ってマッサージしても痛みが取れなかった。体力も限界に来ている。

携帯を開くと、小熊くんからメールが入っていた。



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Date:2011/5/25 16:20
From:小熊くん
Sub :お疲れさま
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小熊です。

遠くから見ていたけど、今日は
大変だったね。お疲れさま。

宇宙科の人たちはどう?
いじわるされてない?

うちのクラスの人たち全員、
成宮さんを心配していたよ?

明日は特別講義だね。

前にも言ったけど、特別講義は
一緒に受けよう。朝食が終わった
後、迎えに行くね。

じゃあ、おやすみなさい。

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「わ、小熊くんだ。メールくれたの気がつかなかった・・・」


あれから翼が私からなかなか離れてくれなくて、昴が激昂して翼と喧嘩になりそうになった。
木ノ瀬君が間に入って止めてくれたけど、担任に4人して叱られ、あとかたづけを手伝わされた。
おかげで休憩時間に天文科に戻ろうとしていたのに、それも叶わず今に至る。

ああ、天文科の皆にまで心配かけちゃったんだなぁ・・・明日、皆に謝ろう。

ベッドの柔らかさと、おひさまの匂いのするシーツに 全身の力が抜け、次第に瞼が下りてくる。
私はそのまどろみに身を任せた。

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