第二十二羽 赤ずきんの逃避行
オリエンテーションキャンプ当日。
これから二泊三日の予定で、某県野外活動センターで行われる。1年生全員がセンターの体育館に集められた。
全寮制の学校のため、普段、星月学園から出ることのない私達は久しぶりの外出に開放感を感じずにはいられなかった。
現地の講堂に集合し、開所式が行われる。
「新入生に星月学園という新しい環境に一日も早く馴染んでもらう目的で始まり、そして一人ひとりがクラスの一員として・・・」
教師の眠りを誘うスピーチを遠くに聞きながら、私は昼企画のことで頭が一杯だった。
この後、スケジュールの説明や履修ガイダンスが行われ 各クラスに別れクラス別オリエンテーション。その次が、問題の昼企画である。
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「生徒同士の交流を深めるため 全クラス対抗「ケイドロ」を行う! みんな、気合い入れていけよーーーっ!!」
陽日先生の暑苦しいほど元気な声がセンター中に響き渡る。私を除く生徒たちが目をギラギラさせている。
彗が朝から気にしている問題の昼企画、ケイドロ。何の、誰の陰謀か知らないがこのゲーム、裏を返さなくても、大勢の狼達 vs 彗の構図。必然的に標的は彗なのである。つまり「学年唯一の女子とお友達になりましょう」企画。・・・誰だ! こんなの考えた奴!
「彗、安心しろ。俺が傍でお前を守ってやるから」
「ぬぬっ! 昴! 彗は俺が守るから大丈夫だぞ!」
「お前に任せると彗が爆発に巻き込まれるからダメだ」
「今回持ってきた発明品は爆破機能がついてないから爆破しない!」
「不知火会長から聞いてるぞ? 『翼の言葉に信憑性はないぞ』ってな?」
「ぬががー! そんなことはない! ぬいぬいのバカーー!」
「じゃあ成宮さん、僕と一緒に逃げようか? 絶対捕まらないから」
同じ班の昴、翼、梓が口々にボディーガード役を申し出てきた。そんな有難い好意に目もくれず、彗はひたすら考え込んでいた。
3人が黙り込む彗に声をかけようとしたとき、考えをまとめたらしい彗が顔を上げて3人にこう告げた。
「・・・実は 朝から考えてたんだけど、これはあくまでゲームで、私だけ守ってもらうとかずるいと思うし、私と居るとみんなの足手まといになっちゃうからボディガードは遠慮しとく。捕まるときは潔く捕まるよ。気持ちだけ受け取っておきます」
「は!?」「ぬぬ!?」「えっ!?」
3人がすっとんきょうな声を出す中、彗はスタスタとみんなの輪に入っていく。目の色が明らかに怪しい狼どもの輪に入っていくなんて何て無防備な!
昴が血相を変えて彗の後を追い、輪に入る寸でのところで彗を捕まえる。それに翼や梓も続いた。
「彗! そうは言ってもお前は女子なんだぞ!? 何かあったら俺が耐えられない」
「昴、」
「っ、何だ!?」
「大丈夫だから。私は。逃げ切れる秘策、あるでしょ?」
「・・・っ!」
「大丈夫。絶対捕まらない」
「・・・・・・わかった。でも!やばそうになったら棄権するんだ、いいな!?」
「りょーかい。無理はしないよ」
「彗ー! 昴ー!」
「まったく兄妹そろって・・・フェロー(班長)の言うことを聞いてよね」
「ご、ごめん」「す、すまん。木ノ瀬」
兄妹の話が終わったところで翼と梓が追いつく。梓は原則班行動なのに、早くも単独行動をとった兄妹にちくりと釘を刺す。
ゲームの説明が行われた後、スタートの合図で幕が切って落とされた。
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”大丈夫だから”
心配させたくなくて昴には ああ言ったものの、実際は体力的にきつかった。
誰もが彗と”お友達”になりたい欲望むき出し で警察役でなくても傍に寄ってこようとする。そのせいで、彗はことごとく男子達から追われる羽目になった。
「・・・はぁ、く、くるし・・・」
体力が半端無い宇宙科の奴等にまで追いかけられて彗の体力は限界に達してきていた。うー、強がり言うんじゃなかったかな。
ちょっとは後悔したが、捕まったからって 昼間だし まさか身の危険にさらされることは無いと思う。物陰に隠れて息を潜め、人が居なくなったところで移動する、というシンプルだが確実な方法で彗は追手から逃げ切っていた。
「残り時間、あと5分間でーす!!」
施設のあらゆるところに設置しているスピーカーから救いの声が聞こえたきた。やった! あと5分だって! 逃げ切れる!!
・・・・・・そう、気を抜いたのが悪かった。
物陰から移動するとき、靴紐が茂みにひっかかり、思いっきり転んでしまった。
「痛っ!!」
女子の声は甲高い。聞きなれない声を察知した男子たちがすぐさま集まってきた。
「おい、今こっちで声がしなかったか?」
「あれは成宮さんの声だぞ」
「ぃよーっし! 俺、俄然やる気出てきたー! 絶対捕まえてお友達になってやる!」
「お前、そっち探せ! 絶対どこかに隠れてるはずだ! 俺はこっちを探す」
「わかった! 見つけたら俺にも会わせてくれよ?」
「任せろ!」
瞬時に壁沿いの茂みに身を潜めたが、結構近くに数人居てキョロキョロとあたりを見回している。これじゃあ迂闊に動けない。
あーあ、遂に捕まっちゃうのかな。そう思っていたときだった。
踵に当たる、金属製の何か。振り向くと、人が一人通れる位の扉がついていた。幸い、鍵はかかってない。
追手が反対側の茂みを探している隙に、その扉へと滑り込み、扉を閉める。壁の外に出てはいけないルールだった気がするが今は非常事態だ、と彗は自分に言い聞かせた。
立ち上がって振り向いたとき
「!!!!!」
「成宮さん、みっけ」
目の前に木ノ瀬梓が立っていた。
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