第十七羽 俺の宇宙へようこそ

「なー、ぬいぬいー」



生徒会室で各々が書類の整理をする中で、翼は一人ソファに寝そべり発明品を組み立てていた。



「・・・翼、お前、仕事はいいのか?」

「うぬ! いくつかの部から会計報告が出てきて無いから集計作業ができないんだぬーん!」

「それでも他にやることはあるでしょう? 翼君?」

「ぬわあああ! そらそらが怖いのだ」



颯斗の発言で、翼は青ざめた顔で頭を抱えガバッとソファから起き上がった。作業テーブルで月子が翼をみて微笑んだ。



「あ、そうだ、ぬいぬい。さっき言ってた新しいメンバーの話。あれ、本当なのか?」

「ん? 成宮兄妹のことか?ああ本当だ。近々あいつらを生徒会に入れる」

「お兄さんの昴君はしっかりした方のようなので、生徒会にとって優秀な人材になると思いますよ」

「彗ちゃんもね! 一樹会長、彗ちゃんは私と同じ仕事でいいんですよね?」

「ああ、よろしく頼む。そうだ、颯斗。あいつらの机を・・・」

「ぬあああああ!」



話の腰を折るように、翼が頭を抱えて奇声を発した。組み立てていた発明品が音を立てて床にばらけた。3人とも驚いた表情で行動を止める。


「何だ、翼。どうした?」

「翼君、どこか具合でも悪いの? さっきから元気が無いけど?」

「・・・なぁ、さっきからあいつらの話ばかりしてるけど、もう俺は要らないのか?」

「はぁ?」「「えっ?」」



ムスッとした表情で3人を見つめる翼に、不知火がフッと笑って立ち上がる。翼の座るソファに近づき、後ろから頭をがしがし撫でた。


「ぬああ! 何するんだぬいぬい!」

「何だ、やきもちか?可愛い奴だな?」


不知火の行動に颯斗と月子が顔を見合わせふふっと笑った。そして翼の傍まで歩み寄り、


「翼君、あなたは星月学園生徒会の会計なのですよ? あなたがいないと生徒会は成り立ちません」

「そうだよ。翼くんじゃなきゃだめなの。一樹会長がいて、颯斗君が、翼くんがいて私がいる。そして新しく入ってくる昴君や彗ちゃんを皆で迎えてあげよう? 皆で星月学園生徒会を作っていこうよ。」

「そらそら・・・書記・・・」



目に一杯の涙を溜めて、口をへの字に歪めて、今にも泣き出しそうな大きな子供を皆で抱きしめた。


「みんな、ごめん。お、俺、寂しかったんだ。なんだか一人置いていかれた気がして」

「そんなことするもんか。なぁ?」

「そうですよ、翼君。あなたを一人になんてさせませんよ」

「うん。私も! いつも私たちは一緒だよ!」



「・・・ぬいぬい、そらそら、書記。」

「ん?」「何ですか?」「何?翼君」

「俺、もう大丈夫だぞ! ありがとな!」




三人を見つめる翼は、その顔一杯に笑顔を湛えてそう告げた。いつものぬはは笑いも復活している、もう大丈夫だ。
不知火たちも翼の笑顔に呼応するように、互いを見て笑いあった。


翼に笑顔が戻り、生徒会に活気が戻ってきた。やっぱり翼は笑っていたほうがいい。
不知火はそう心の中で呟きながら、頭を切り替える。



「さて・・・と。それじゃ仕事するか! 颯斗、あいつらの名簿あるか? 見せてくれ」

「あ、はい。これでしょうか?」

「月子、お前は掲示板にあいつらのネームプレートを作ってくれ」

「わかりました、一樹会長」



それぞれが役割を分担し、成宮兄妹を迎える準備に取り掛かかる。
翼も床に落とした部品を拾い集め、テーブルの上に乗せた。すると同じテーブルで月子が作業を始めている。



「ん? 書記、あいつらの名前、書いてるのかー?」

「うん、そうだよ。これからは掲示板への名前が4つから6つになるね」


そうだなー、と何気に落とした目線の先に映る文字が翼から動きを奪った。

ひとつ応えれば二つ三つの言葉が返ってくる翼との会話に沈黙が訪れた。あれ?と違和感を感じた月子は顔を上げて翼を見やる。



「? 翼君?」


月子が問いかけても、翼は自分の手元から目線を外さず、動きを止めたままだった。数回、翼と自分の手元を交互に見直すと、動きは止まったままの翼の口だけが動き始めた。



「・・・・・・なぁ、書記。それ、成宮の妹の名前か?」

「うん、そうだよ? それがどうかした?」

「漢字、『彗』って書くのか?」

「うん。お兄さんは『昴』だよね。二人とも星の名前なんだね、素敵!」

「星の・・・名前・・・」



星の名前を戴く者。

その 他愛も無い言葉が、翼の記憶の深淵から、とある記憶の扉を開いた。



”わたしもおにいちゃんも、ほしのなまえなんだって。だからわたし、おほしさまがだいすきなんだ!”



「・・・あ、」



”わたし、つばさのなまえもすきだよ。だって、”つばさ”ってはねのことでしょ? はねがあるなんてすてきだもん”



なんだ、これ。いつの記憶だろう?

・・・公園で子供の俺と誰かが話している。顔は良く覚えていない。でも、その『誰か』との会話は俺の胸をじんじん暖かくする。



もうちょっと、もうちょっとで・・・


「・・・翼君、 翼君!」



俺を心配そうに覗き込む書記の、自分を呼ぶ声にハッとして意識を戻した。・・・あれ?ここは・・・

突として思い出された昔の記憶に一瞬意識を支配された俺は、現実を受け入れられずにぼーっとする。
ただ、わかったことは 俺はとても大事なことを忘れてしまっているということだ。



「翼?」

「翼君? どうしたのですか?」



不知火も颯斗も翼に駆け寄り声を掛ける。



「・・・ぬいぬい、そらそら、書記。俺、今一瞬だけ、子供の頃の記憶がフラッシュバックした。俺、物凄く大事なこと、忘れてるみたいなんだ」

「「「記憶?」」」

「うぬ。じいちゃんに教えてもらった予言と同じくらい大事な事なんだ。うぬぬ〜、何でだ、思い出せないぞ〜!!」


(!!)



予言ですか? と問いかける颯斗や月子とは別に、不知火だけは表情を硬くした。なるべく当たり障り無く、誰にも知られること無く翼に語りかけた。



「翼。お前が何を忘れてるのかは知らんが、待っていればそのうち思い出す。大事な事なら尚更だ。焦らずじっくり思い出せばいいさ」

「うぬ! そうだな! ぬいぬいありがとうなのだ!」

「ふふふ。じゃあ、昴君と彗さんを迎える準備を進めましょうか」

「ぬいぬいさー! 成宮兄妹、生徒会へようこそなのだ!」


不知火の表情を読み取った颯斗の機転でその場はなんとか納まった。その颯斗を筆頭に、新しいメンバーを迎える準備が着々と進行していった。


予言。


星詠みもそうだが、人の未来に関することは 四季を窘めたように関係者以外には広めるべきでは無いと不知火は考えていた。
これから先の運命の輪の行く末を見守る立場として、改めて気持ちを引き締るのだった。


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