第十六羽 覇王からの勧誘

今日は朝から怒涛の一日だった。


朝っぱらからこの教室に乗り込んできた不知火会長は、昼休みにもやってきて生徒会への加入を迫った。

・・・おそらく、放課後にもくるだろう。あの人のことだ、絶対来る!

それを知ってか知らずか、天文科の皆は蟻の子を散らすように各々の部活へ消えてしまい、頼みの綱の小熊くんでさえ、部活前に弓道場の掃除があるとかで、速攻で部活に行ってしまった。

彗は ぽつん、と一人 教室に残された。


うーん、困ったなぁ。


昴に、なるべく一人でいるな、って言われてるし。

昴を呼べばいいんだけど、最近昴も教師に気に入られたらしく研究室の手伝いをさせられてるし・・・邪魔しちゃ悪いよね。
もう5月になるんだもん、ひとりでも大丈夫だよね。

そう思って寮へ帰ろうとしていた時、教室の扉が勢い良く開く。


「成宮彗!」


はい、予感的中−−。

尊大な口調で自分の名前が呼ばれ、ゆっくりとそちらへ振り向く。おそらく急いで来たのだろう、息を切らせた生徒会長様、不知火一樹会長が立っていた。


(げっ・・・)


「お前、今あからさまに嫌な顔したな」


下級生の教室にずかずかと入ってきて、第一声がそれですか。私は眉間に皺を寄せて不知火会長の顔をじろりと睨んだ。
視界の端に、月子先輩と2年生の先輩の姿が写り、反射的にそちらへ顔が向く。

会長と同じように、息を切らせて教室へ入ってきた二人に驚いていると、月子先輩が口を開いた。


「か、一樹会長!」

「おー、颯斗に月子か。どうしたそんなに慌てて」

「彗ちゃんを生徒会に入れる・・・って、はぁ、ほ、本当ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「ああそうだが、じゃないですよ。朝から一年生を勧誘しているって聞いて来てみれば。一人で勝手なことしないでください!」


抗議する二人に、不知火はきょとんとした表情を浮かべるもすぐにいつもの表情に戻り、まぁ待て、と一言詫びると
彗に顔を向けながら二人に告げた。


「俺は成宮彗を生徒会に入れようと思っている。月子と同じ書記として。ここ1ヶ月、こいつを見てきたが、なかなか面白いヤツだぞ? それに、コイツが入るのは実は月子も嬉しいんだろう?」

「! 一樹会長! ・・・それは、」

「月子さん? 本当なのですか?」

「う、うん。だってこの学園で二人だけの女の子だし、心配だし、一緒に居られたら嬉しいなって・・・」

「・・・月子先輩!!」


思いがけない月子の言葉に、彗は感動のあまり鼻がツンとした。きっと情けない顔をしているに違いない。
それでも、月子に向かう自分の行動を制御することは出来ず、何の躊躇もなく月子に抱きついた。

「きゃ・・・ 彗ちゃん!?」
「せ、せんぱいいぃぃぃぃぃぃ! 嬉しいです!」


月子先輩、マジ天使!こんなに可愛い先輩が私のことをそんなふうに思っていてくれたなんて・・・!
ちょっと不純だけど、月子先輩と一緒に居たいから生徒会に入っちゃおうかなぁ・・・


一方、教室の外では野次馬達が事の顛末を見守っていた。
生徒会は校内でも目立つ存在のうえに、学園のマドンナ・夜久月子がいる。そのメンバーと一年生唯一の女子が一緒に居るとなれば、おのずと人だかりは出来る。天文科前の廊下は、遠くからでもわかるほどの野次馬で膨れ上がっていた。

一日嫌な予感が払拭されなかった昴は、日直の仕事を終え、急いで天文科の教室へ向かっていた。


・・・悪い予感というものは どうしてこうも的中率が良いのだろうか。天文科の入り口に人だかりが出来ていた。

念のため、野次馬に何があったのか聞いてみる。


「おい、一体何があったんだ?」

「なんでも、生徒会長直々に勧誘をかけに来たって話だぜ」

「ターゲットは成宮彗だってよ」

「あの会長、生徒会に女子をはべらせる気だな」

「ホントホント。職権乱用だよな」

・・・やっぱり。


俺は野次馬の波をかきわけ、ようやく天文科の教室に入り込む。教室に入る瞬間、木ノ瀬と天羽の姿が視界を掠めた。

・・・こういう野次馬の中にあいつらが紛れているなんて珍しいな。

そう思いつつも、俺は渦中の彗が気になり、教室に押し入った。


「彗! 無事か??」

「あ、昴ー、」

「昴君、こんにちは」

「や、夜久先輩?」


どうしてここに? という疑問は、彗を囲んでいる面子をみて納得させられることとなる。
今、彗を囲んでいるのは生徒会のメンバーだ。

そして輪の中心人物は、夜久先輩と話をしていて、なんだが嬉しそうだ。・・・彗、状況を把握しろ?


「いいか、成宮彗! 今朝も言ったが、お前を生徒会書記に任命する! 今から生徒会室に来るように!」

「嫌です」

「「は?」」「えっ!?」


断った。・・・彗のヤツ、なんの悪びれも無く断った・・・
昴が眉間に皺を湛えてため息を吐く中で、野次馬に紛れていた梓がぷっ、と小さく笑った。


「梓? どうしたのだ?」

「・・・まったく、成宮の妹は面白いね。あれで天然じゃなかったら、相当な策士だよ? ねぇ、翼?」

「・・・・・・」

「翼?」

「なぁ、梓はなんであの女子に興味を持つんだ? 好きなのか?」

「好き? 僕が?」

「ぬ? 違うのか?」

「現時点では違うよ。でも変わってると思うし、見ていて飽きないよ」

「ふーん。そういえば、同じグループじゃなかったか? あの女子」

「そうだよ。良く気がついたね、翼?」

「あの女子、確か俺のくまったくんを届けにきた子だ。・・・って、ぬいぬい!?」

「え!? まさか今、気がついたの?」

「ぬああ! 書記も居るぞ! そらそらも! 俺も行くのだ!!」

「・・・って、ちょ、翼!?」


梓が止める間もなく、翼は野次馬を掻き分け、生徒会メンバーの元へ行ってしまった。
梓は翼の猪突猛進振りに盛大なため息をつき、やれやれ、といった様子で教室へ踵を返した。


「ぬいぬいー! そらそらー! 書記ー!」

「翼!?」

「「翼君?」」


突然現れた翼に、生徒会メンバーは驚きの声を上げた。特に不知火に於いては、例の予言の内容を知っているだけあって、曖昧に答える。


「なぁなぁ、皆で何してるんだー?」

「お、おう! ここにいる成宮彗を書記に迎えようと思ってな」

「彗ちゃんがいると、私も嬉しいんだけど、考えてみてくれないかな?」

「会長と翼くんはともかく、夜久さんはきちんと仕事をこなしますので、しっかり教えてもらえますから安心してください」


口々に彗に勧誘の言葉をかける生徒会面々に、翼は面白くない表情で彗を睨む。
突然の翼の登場に、何で天羽くんがここにいるんだろうと単純明快な疑問を抱いていた。


翼と彗になにやら不穏な雰囲気が漂い始めた事にいち早く気づく不知火だったが、何気にふと昴に視線を移した時、何か閃いたのか、目を大きく見開いた。


「一樹会長?」


その表情から、嫌な予感をいち早く読み取った颯斗が不知火に問いかける。


「これまでにない名案を思いついたぞ!」

「?」

「時にそいつはお前の兄貴だったな?」

「・・・ええ、そうですけど」


おお、そうか! と高笑いする会長。
話の持って行き方が無理やりだ。何をしたいのかまったく理解できない。
しかし、その後の会長の言葉に眩暈を起こしそうになった。


「たった今、お前の兄、成宮昴を生徒会監査に任命することに決めたぞ」

「・・・・・・はい?」


私がだめなら今度は昴か!
この人は、どこまで私たち兄妹を巻き込めば気が済むのか。私の眉間の皺がますます深くなった。
月子先輩は唖然とし、颯斗先輩に至っては、額に手を当てながらため息をついている。天羽くんはというと、この展開がよほど面白くないようで口を尖らせてしまっていた。


「・・・ですってよ、昴さん」

「はぁ!? なんで矛先が今度は俺に向くんだ!?」

「私に言われても・・・」


私も昴も、生徒会になんてさらさら興味は無かったから、予想外の展開にただただ驚いていた。
生徒会役員なんて、現メンバーで事足りているはずだ。これ以上役員を増やしても無駄なだけだろう。
自然とお互いが顔を見合わせて小声で話す。


(ああ、やっぱり会長は自分の周りに女子をはべらせたいんじゃない!?)

(・・・違うだろ)

(ええー? 会長って いかにも『女好き』って顔してるじゃん)

「だ・れ・が! 女好きだって?」

「「うわあ!!」」

耳元で聞こえた低い声に二人して驚く。
そういえば、ここには本人が居たんだ!恐る恐る振り向くと、そこには青筋を立て、顔をひきつらた不知火会長が仁王立ちしていた。


「成宮彗・・・お前、言ってくれるじゃないか」

「あわわわ、まさか聞こえているとは思わなくて。でも嘘はついてませんよ」

「それ、フォローになってない。なってないから」


がっくり頭を垂れる不知火会長。
あれ?さっきまで怒ってたのに、もう凹んでる。かと思ったら、ばっと顔を上げて、私の頭をがしがし撫でる。


「ったたた! 何するんですか! 会長!」

「ま、そういうわけだ。成宮昴、今日からお前は生徒会監査だ。いいな!」

「そうは言いますが、俺にもいろいろあるんで この場ではお返事できません」

「う・・・そうか。ならば明日生徒会室に来て返事をしろ。いいな」

「はい。わかりました」

「ちょっと! 昴! そんな簡単に言っちゃっていいの? 生徒会に入ったら、会長の女好きが伝染っちゃうんだよ!?」

「伝染るか!!!!!」

「ぷっ」


不知火会長のツッコミに昴が噴出した。

うわあ、珍しい。昴が笑うなんて。

私は笑い出した昴をぽかんと見やる。会長はにやりと笑い、「思ったとおりだな」と一言。
私には会長の一言がどういう意味かわからなかった。


「じゃ! 明日、生徒会室で待ってる。いい返事を期待してるぞ」

「はい」

「彗ちゃんも、書記の件、考えておいてね?」


じゃあな! と片手を挙げて教室から出て行く会長を清清しい表情で見送る昴。
これが、いわゆる「男同士」のなんたるかなのだろうか?
よくわからなかったけど、今の一幕で、昴の会長に対する意識が変わったのは確かなようだ。
ただ、天羽くんの表情が冴えなかったのが気になるけど。具合でも悪かったのかな?


私たちはそのまま、去り行く生徒会メンバーを見送った。


・・・・・・・・・・・・・・・


「なんか、不知火会長って、王様みたいだね」

「この学園の生徒会長なんだ、実際そうだろ?」

「「・・・・・」」

「「あっ!!」」

そして二人して理解する。
覇王が統べる星の降り注ぐ国・・・その『覇王』が不知火会長であることを。

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