第十五羽 自由で無自覚な箒星を捕獲せよ
「い、犬飼! き、聞きたいことがあるんだが、ちょっといいか?」
朝のSHR前、神話科の教室に珍しい客が来た。我が弓道部 鬼の副部長、宮地龍之介だ。
基本、宮地は朝から他の教室に顔を出すということはしない。ましてや仮眠中の俺を起こすなど野暮なこともしない・・・はずだ。
だが、今日の宮地はどうだ?全てにおいて逸脱した行動をしている。
気になって顔に乗せていた本を除けて宮地を見れば、俺の机に両手をついて俺を覗き込んでいた。俺は宮地の行動に驚き、仰け反るように椅子ごと後ずさった。
いくら宮地でも、朝っぱらからこんな間近で野郎の顔を見るのはゴメンだ。
「うわっ!! ・・・お、脅かすな宮地!!」
「す、すまない。だが、どうしても今、確認しておきたくてな」
そういうと、何かを思い出したのか。宮地の顔は見る見るうちに赤く火照っていく。
「・・・何だ、どしたー? お前らしくもない」
「小熊のことなんだが・・・お前なら知ってると思ってな・・・。だ、だから、その、」
「小熊が何だよ?」
「こ、小熊は、一年唯一の女子と付き合っているのか!?」
・・・・・・・・・・・・・・・え?
宮地の発言に、神話科全体が一瞬で凍りついた。そういう表現で間違いが無いくらい、皆が固まった。
何でも、小熊が一年唯一の女子と一緒に登校していたところを宮地が目撃したようなのだ。しかもその女子が転びかけたところを小熊が庇ったらしい。
成る程、朝から宮地には刺激が強すぎる光景だ。それにしても小熊のやつ、部活ではおどおどしているくせに・・・あとで尋問だな。
「いや、というか俺も白鳥も何も聞いてない。初耳だよ。」
「む、そ、そうか。わかった。悪かったな、始業前に。・・・じゃあ失礼する」
「おー、じゃーなー」
背を向けてそそくさと教室を去る宮地にヒラヒラと手を振ると、俺は宮地の無言の圧力から解放されたように、大きく息を吐いた。
「おはよーございまーす」
「おはようございます」
登校時に偶然一緒になった小熊くんと教室に入った。教室はいつものようにざわついていて、昨日観たテレビや雑誌の話で盛り上がっている。
私は小熊くんと一緒に席について、教科書を机にしまっていた時だった。
・・・・・・・・・ダダダダダダダダ!
不意に、誰かが廊下を走ってくる音が聞こえた。だめだよー、廊下は走っちゃ。と顔をしかめた途端、
「彗!!!! 居るか!!」
その声と共に足音が止まった。ビックリして声の方へ顔を上げると、鬼の形相をした昴が息を切らせてこちらを見ていた。
ヒイィィィィィ! 昴、何その顔! 朝から怖すぎるって!!
視線はこちらを見据えたまま、ゆらりと向かってくる昴に嫌な予感しかしない。理由もわからず怯えていると、隣の小熊くんがスッと立ち上がって控えめに私の前に立った。
それを見た昴のこめかみに青筋が立つ。
「ほぉ・・・小熊か。丁度いい、お前にも用がある。・・・・・・昨日も今日も、彗が世話になったようだな。」
「うん。あ、お礼なんていいよ?同じクラスだし、席も隣だし。成宮君が居ない時は僕が付き添うから安心してよ」
「ああ、そうだったな。それについては礼を言う。だが、今日ここに来た訳はな・・・」
「じゃあそんな顔しなくてもいいじゃない? 成宮さんも怖がってるよ?」
「!! この顔の原因はお前だ!小熊ァ!」
え。という雰囲気に、一同が包まれた。
成宮昴が怒る理由など、一つしかない。妹の彗に何かあったときだ。とすると、小熊が彗に何かした事になる。天文科一同の視線が、小熊に注がれた。
小熊は慌てて両手を振って否定をする。
「ちょ、ちょっと! 僕は何もしていないよ! ねぇ、成宮さん?」
「何も、って何の事? うーん、別に? 昴の早とちりじゃないの?」
「・・・じゃあ、何故職員寮と反対側の寮に居るお前が、彗と登校していた?」
「登校時間まで時間があったから散歩していただけだよ。そしたら成宮さんと会ったから一緒に来たんだよ、ねぇ?」
「うん、そうだよ。途中で会ったんだよねー。すっごい偶然!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
や、どうみても 待ち伏せてただろ、小熊。
偶然を装って登校したな、お前。
お前だけ携帯メール交換しやがって、絶対メール送ってるだろ!
天文科一同の無言の抗議が一斉に小熊に向けられた。
「え? あれ? みんな、ど、どうしたの?」
形勢が不利に向かっていることに気づいた小熊は、内心バクバクな精神状態で必死に誤魔化した。しかし、言葉で誤魔化せても顔に出てしまっているのでは効果は半減する。
「小熊、その顔はなんだ? お前何か隠して・・・」
誰の目にも一目瞭然な、その誤魔化しっぷりに昴が確証を持ち、小熊に詰め寄ろうとした時だった。
「成宮彗!!!! いるか!?」
バァン!と教室の扉が開かれ、殺伐とした雰囲気に渇を入れるような威勢のいい声が響いた。
全員が振り返る中、ニヤリと口端をあげてこちらを見ている3年生が教室の入り口に立っていた。
「あ! 白いカラスの生徒会長!!」
(((((!!!ぶぶっ!!!!!)))))
「・・・・・・生徒会長?」
彗の一言で、さっきまでの暗雲立ち込める雰囲気は一瞬にして払拭された。昴が訝しげな表情でその生徒会長に視線を向ける。
「俺は星月学園生徒会長、不知火一樹だ。成宮彗、約束どおり迎えに来たぞ!」
「・・・・・・迎え、ですか?」
彗は不知火が発した言葉の意味がわからず、きょとんとする。
「そうだ。お前を今日付けで生徒会書記に任命する!放課後、生徒会室に来い!」
「え、嫌です」
「「「「「は!?」」」」」
彗の言葉に、そこに居た全員が拍子抜けした。
星月学園の生徒会長、不知火一樹。彼の言葉は絶対だ。多少強引だが、カリスマ性があるため生徒に人気がある。
あっさり指名を断った彗に、不知火は尚も続けた。
「っははは!! ・・・俺の指名を断ったやつはお前が二人目だ。今年の一年は威勢がいいな!だが俺の言葉は絶対だ。無理やりにでも連れて行くぞ!」
「い・や・で・す!! 書記は月子先輩で、ちゃんとお仕事してるじゃないですか。月子先輩に失礼ですよ。」
「ああ、確かにあいつはきちんと仕事をこなしている。でもあいつもあと一年で卒業だ。だから今のうちに後継者をだな、」
「だが断る」
「なにおう!」
「嫌だったら嫌っ!」
エンドレスなシーソーゲームが展開されていた時、一日の始まりを示す始業前のチャイムが鳴る。一同は安堵の表情を浮かべた。不知火は舌打ちをしながら、
「成宮彗!俺は諦めないからな!」
ビシッと彗を指差し、不知火はいかにも悔しそうな表情で教室から去っていった。
教室から不知火が去った後、教室内はワッと歓声に包まれた。
「すごいよ、成宮さん! 生徒会長にはっきり断るなんて!」
「会長に逆らってただで済んだ生徒なんていなかったのに・・・」
「・・・俺、見直しちゃったよ!!」
「そ、そんなことないけど・・・ちょっとそんな気になれなかっただけで」
((((((!!!))))))
おそらく、彗本人は単純に疲れただけだと思うが、憂いを帯びた表情で目線を下に落とした様が妙に妖艶だったので兄の俺でさえ、ドキッとした。
これを見たやつらが、何とも思わないはずが無い。
案の定、一同胸を打ち抜かれたらしい・・・無意識とはいえ、彗、お前は明日からあちこちで大変なことになりそうだ。
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