第十四羽 軌道外からの意外な引力

「彗、お前はとりあえず教室に戻って寮に帰れ。俺は少し用事があるから、今日は一緒に帰れない」

「うん、わかったよー。大丈夫大丈夫」

「じゃあ、気をつけて帰るんだぞ?」

「あいあいさー」


昴に天文科の教室まで送ってもらい、席について帰り支度を始めた。


「・・・忘れ物なし。よーし、帰ろ。」


昴にはああ言ったものの、まだ慣れない寮への帰り道は私を不安にさせた。かすかな記憶を頼りに歩を進めていると、不意にスカートのポケットが揺れたので、昴かと思い、振動した携帯電話に手を伸ばした。
画面には予想外の人物の名前が表示されており、さっきまでの不安な気持ちは驚きに変わった。



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Date:2011/5/9 16:20
From:小熊くん
Sub :小熊です
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送信テストを兼ねての初メール
です。

ちゃんと届いたかな?

オリキャンのグループ分けの件
はびっくりしたよ。

でも特別講義は一緒に受けよう
ね! 僕が付き添うから。


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「小熊くん!? ・・・って、あ、そっか。今朝アドレス交換したんだっけ」


メールの本文で、今の私とは違う驚きを感じていた小熊くんに今更ながら共感する。まぁ、そーだよね。私もグループ分けの面子については驚きましたよ。うん。
よくよく考えたら、違う科でグループ組まれちゃってて、本来のクラスの親睦を深める意味が無くなってるし。オリキャン終った後、私ボッチだったら嫌だなぁ。
とりあえずこれからは、よーく考えてから返事をしなきゃいけないよね。うんうん。


頭の中で独りごちながら、返信ボタンを押した。歩きながらメールするのなんて久しぶりだ。そんなことをしようものなら、昴に危ないからと携帯を取り上げられてしまうからだ。
私は両手打ちでメールを打つのが速いから、と言っても怪我をしたらどうする?とのれんに腕押しだ。
危険性よりも、時間を有効に使ったほうがいいと思うんだけど。「少年負い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず。」って言うじゃない、ねぇ?



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Date:2011/5/9 16:25
To :小熊くん
Sub :メール届いてるよ
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彗です

今日は天文科の皆をびっくり
させてごめんね。
これからは気をつけるね。

オリキャンでの特別講義は
ちゃんと天文科で受けるから

こちらこそよろしくー

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自己流の言い訳を押し通し、メールを書き上げ送信ボタンに手をかけた。



ピッ



「よーし、送信・・・と。」


しかし、送信ボタンを押した直後、



どんっ!



「わっ!?」

「きゃっ!!」



ほら見ろ、と昴の声が聞こえてきそうだ。安易な行為が生んだ結果。この状況では流石に返す言葉が無い。
力の加減なしで衝突してしまった彗は、じわじわ湧き上がる罪悪感とじんじん痛む鼻を押さえながらまだ見ぬ被害者に頭を垂れた。



「ご、ごめんなさい! ・・・いたた・・・」

「いや、こちらこそ・・・って、成宮さん!?」

「へ!?」



急に自分の苗字を呼ばれて、彗は思わず顔を上げた。そこには、今しがたメールを送ったばかりの小熊くんが居て、自分を心配そうにみつめていた。



「えっ、小熊くんだったの!? ごめんね、痛かったでしょ?」

「ううん、びっくりはしたけどね。・・・あれ、一人?」

「うん。昴が先に帰ってろ、って。」

「そうなんだ。じゃあ僕が寮まで送るよ。」

「や、大丈夫だって。まだ明るいし小熊くんの寮とは反対方向だし、それに、」

「ぶつかっておいて、送ってもらうなんて申し訳ない、って?」

「え、何でわかったの?」

「なんとなく。成宮さんって、そういう人だから」

「?」

「ふふ、まぁいいや。じゃ行こっか」

「えっ!? あっ、待ってよー」



加害者の私を咎めることなくさらりと受け流し、何事も無かったかのように歩き出した小熊くんの背中を慌てて追いかけた。
相変わらず可愛い小熊くんだけど、いたずらっぽく笑う表情を見たのは初めてだ。いつも教室でみんなの三歩後ろで控えめに笑っている、そんな印象があったから。
そう考えたら、小熊くんの違う一面が見られたことに気がついてなんだか心がワクワクした。

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