第十一羽 回りだした運命の輪
兄に無言で手を引かれている彗は、その緩まないスピードに転びそうになった。
「ねぇ、ちょっと昴ってば!! ・・・って、ぅわ!」
「えっ、お、おい!!」
ガシッ!
昴が倒れてきた私を受け止めたので、怪我をしなくて済んだ。や、ありがとう!ふと我に戻り、どうして昴がここに居るのか聞いてみた。
「あ、そういえば昴って、なんでここにいるの?」
「お前が宇宙科の教室から一目散に逃げたからだろう?校内中を探し回ったぞ」
「・・・今まで?」
「ああ、そうだが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
昴の体力、半端無い・・・つか、宇宙科って本当にカオスね。
こんな体力バカがクラス中にごろごろ居るなんて、体育祭だったらダントツだね!
出来れば運動関係では敵に回したくないなぁ。
そんなことを考えていると、長い廊下の向こうから誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「あ、あれ?」 「む、あれは・・・」
その姿がどんどん近づくにつれ、私は気まずくなって昴の背中に隠れた。
「彗?」
「や、ちょっと、」
近づいてきた彼は、兄を見て躊躇無く問いかけてきた。
「あ、成宮。なぁなぁ、梓見なかったか?」
「木ノ瀬? ああ、屋上庭園に居たぞ」
「ぬぬ! ありがとうなのだー!」
天羽翼はそれだけ聞くと、わき目も降らずに屋上庭園目指して走り去っていった。
彗は去り際に、天羽翼がリュックを二つ持っているのを見た。ああ、帰る約束でもしていたのだろうか。生徒会室での顛末は特に気にしていないようだ。
気まずくて昴の影に隠れた自分がバカみたいだ。
小さくため息を吐き、昴の背から離れると、昴は面白くなさそうな表情をしていた。
おそらく、私が何で自分の背中に隠れたのは想像がついているのだろう。
「・・・あいつと何かあったのか?」
「べ、別に! 何も無いよ。でも月子先輩にお願いして生徒会室には行った」
「・・・そうか」
あれ?てっきりツッこまれて怒られると思ったのに。不思議なことに、昴はそっぽを向いて黙ったままだった。
「あ、梓ーーー!」
「翼?」
屋上庭園で空を見上げていた梓に、翼が駆け寄ってきた。
「一緒に帰る約束だったぬん! 帰るのだ、梓!」
「そんな大声出さなくても。」
ぐいぐいと梓の腕を引っ張る翼をちらっと見て、梓はちょっとしたいたずらを思い出した。
「ねぇ、翼?」
「ぬ?」
「英空じいちゃんから聞いた例の『お姫様』は見つかったの?」
翼の表情からスッと笑みが消えた。あれ、僕もしかして地雷踏んだのかな? てっきり「何だそれ?」とか言うと思ったのに。
梓はそのまま翼をじっと見る。翼は眉を下げ、引っ張っていた梓の腕を放して俯いてしまった。
「・・・・・・のだ」
「え? 何? 聞こえないよつ、「見つからないのだ! 探しているのに」」
「この学園には書記しか女子が居ないから、休みの日に街に出て探してるんだけど、俺の一番星が全然見つからないんだ」
悪戯をするつもりで予言のことを持ち出してみたのに、逆に翼を落ち込ませてしまった。
翼が落ち込むと、復活まで時間がかかるんだよなぁ・・・・・・こんなことなら、予言なんかでからかうんじゃなかった。僕は、英空じいちゃんの言葉を借りて翼のフォローを試みる。
「大丈夫だよ。『大きくなったらいいことがある』ってじいちゃんもそう言ってたじゃない。気長に待とうよ。」
「っ、俺はもう何年も待ったぞ!」
確かに、あの日からもう何年も経っている。特に大好きな英空じいちゃんを亡くしてからの一日一日は、翼にとってそれは永い時に感じただろう。
「・・・そうだね、でも今は、僕が居るじゃない」
「梓、が?」
「うん。少なくとも3年間は。」
そう言いながら翼に顔を向けると、翼は目に沢山の涙を溜め口をへの字に曲げて此方を見ていた。
ぎょっとした時にはもう遅く、「あずさーー!!」という叫び声とともに、僕目掛けて突進してきた。
「ぅ、・・・・・・わっ!!」
不意を突かれ、バランスを崩して翼もろとも床に倒れこんでしまった。咄嗟に頭だけは守ったものの、背中が地味に痛い。
「ぬあ! 梓、ごめんなのだ!大丈夫か!?」
「〜〜〜っ!!! まったくもう!翼は!」
「ぬぬ、ごめんちゃい」
今にも泣きそうな翼の意識を他に向けるために、「ほら、星が綺麗だよ」と空を見るように促す。翼も寝返りを打って、僕と同じように 屋上庭園の床に仰向けに寝転がった。
「ぬは! 本当だ! 今にも星が落ちてきそうだぞ!」
「実際落ちてきたら、大変だけどね」
「ぬぬ・・・・・・梓にはロマンというものが無いのか?」
「発明で毎日爆発させている翼に言われたくないよ」
「ぬはは! あれは天才発明家故の失敗なのだ!」
「意味分からないし」
星月学園の立地条件のおかげで、ここでは普段見られない星も肉眼で見ることが出来る。それはまるでプラネタリウムで星を見る感覚、星たちに包まれているような感覚に似ている。
二人して星空を眺めていると、自然に気持ちが落ち着いてくる。宇宙科の授業でもよく出てくるけど、宇宙から比べたら、僕らの一生なんて星の瞬きよりも短いのかもしれない。
「・・・・・・ねぇ、翼?」
妙に気分が良くなった僕は、翼にあるヒントを出した。
「英空じいちゃんから聞いた”予言”、もう一度噛み砕いてみたら?」
「ぬ?」
「もう一回意味を確かめてごらん、っていう意味だよ」
「何回もやってみたぞ。でも変わらないんだ・・・」
「多分、解釈が違うんだよ。”星の降り注ぐ国”って、まさにこの状況だと思わない?」
「・・・・・・!!! あ、」
「ね。わざわざ探しに行かなくても良かったんじゃない?」
「〜〜〜っ! 梓! ありがとうなのだーー!」
ぎゅーっと抱きつかれ、首が絞まる感覚に「つ、翼! 苦しい!!」と反論した。
翼は「ぬあ! またまたごめんちゃいー(泣)」と謝っていたが、さっきとはその表情が一変しているように見える。おそらく、自分なりに先につながる糸口を見つけているのだろう。
僕は起き上がり、隣の翼に「さ、もう遅いし帰るよ」と促し、翼を起き上がらせた。二人して眺めた星空に、ここでは何回も見た彗星が流れ落ちた。
”予言”
そんな不確かなものに自分は翻弄されないという自信はある。だけど、翼のようにそれを自分の生きる糧にしている人もいる。
予言ではこの学園で何かが起こることを示唆されているけれど、今は、自分にもそれが存在していることは伏せておいた方がいいかもしれない。
先に校舎へと走り、自分を呼ぶ翼を追いかけながら、梓はそう思うのだった。
彗、昴、翼や梓も、自分に向けて放たれた予言を、まだ漠然としたものとしか受け入れることが出来なかった。
そんな当事者を他所に、事態は静かに、着実に進行していく。運命の輪は、運命の子供達が入学したときから回り始めているのだ。
[ 12/47 ]