第十羽 無防備すぎる恒星

「えっ・・・ぐすっ・・・」

生徒会室から逃げるように屋上庭園へ来た彗は目立たないよう屋上庭園の片隅で声を殺して泣いていた。
泣いてはいたが、涙が出る理由が分からなかった。


”私はただぬいぐるみを持ち主に返しただけ。天羽くんが私に何か言ったわけじゃない。”

”ぬいぐるみは無事に持ち主の元に帰った。それでいいじゃない。”


私は自分にそう言い聞かせ、涙を拭い天を仰いだ。

茜色の空に夜の帳が下り始めている。鳥達が忙しなくグラデーションの空を舞う。



泣きはらした頬を少し冷えた風が撫でていく。彗は目を閉じて、涙が出るのを堪えた。

清浄な空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐くことを繰り返していると不思議と心が落ち着いてきた。
ああ、これが俗に言うマイナスイオン効果か と妙なところで冷静になっている自分を自嘲気味に笑う。
ゆっくりと目を開けると 自然に意図しない言葉がこぼれた。




「何やってるんだろ私。これじゃまるで振られちゃったみたいじゃない」


・・・正確には私は天羽くんに振られてなんかいない。ただ、それに似た感情が私を支配しているのは確かだ。







「誰に振られたの?」



急に聞こえてきた声に、はっと振り向く。暗くてよく見えないが、一人の男子生徒がこちらを向いて立っていた。



「・・・え?」



突然の展開の速さに頭が付いていかず、独り言を聞かれた羞恥心で、言葉が続かない。
夕方とはいえ、ここが少し暗いところで良かった。泣いて鼻が真っ赤な顔なんて、流石に見られたくない。
彗が自分の身なりばかりを気にしていると、その「彼」は少し肩を竦めてため息をつく。



「こんなところで一人で泣いてるなんて、ね。 君は危機感というものが無いの?」


「・・・・・・は?」



「彼」はそう言いつつ、私に向かって歩を進めてくる。


いきなり何を言い出すのこの人。・・・危機感て何ですか? 今の状況に何の危険がありますか?


お互いの顔が見える距離に近づいて、「彼」は一旦立ち止まった。間近で見た「彼」は、前髪がやけに印象的だけど、綺麗な顔をしている。私が怪訝な表情を浮かべていると、彼はフッと口端をあげて 躊躇なく私にずいっと近づく。



「・・・・・・っ!」



「ほら、こんな風に近づいても身構えもしない。女子が一人でこんなところにいたら危ないよって言ってるの」




互いの瞳の色が判別できるくらいに「彼」が近づいてきたのには流石に驚いた。喧嘩売られて殴られると思った。
ふと視線を落とした先に見えるネクタイを見ると緑色。「彼」が自分と同級生らしいことは分かったが、「彼」が発する言葉の意味がわからない。本当に何が危ないというのか。



「この状況を君のお兄さんが見てたら、さぞかし怒られるだろうけどね」

「えっ、昴のこと、知ってるの?」

「そりゃ、ね。同じクラスだし?」

「え、それじゃあ、」



そう言いかけた時、屋上の扉がバタン!と開き、よく知った声が自分を呼んでいるのが聞こえた。



「彗! どこにいるんだ!? いるなら返事をしろ!」

「あ、昴だ。ここだよー、昴ー!!」

「!! 彗!」



「・・・ほら、お迎えが来たみたいだよ」



その「彼」が兄の昴の方を見やる。小柄ながら堂々とした空気を身に纏い、物怖じもせず昴を見据えていた。



「彗! ・・・・・・と木ノ瀬!?」

「木ノ瀬、くん?」

「やあ成宮。」



昴は私の顔を見た途端、ハッとした表情をした。そして私の方へ駆け寄り、自分の背後に引っ張り込んだ。


「ちょ、昴!?」


昴の粗暴な行動に驚く。こんなことするなんて珍しい。よろけた体勢を立て直し昴に視線を向けると、昴は目の前の「彼」・・・いや、木ノ瀬君を物凄い形相で睨んでいた。えっ!? ちょっと昴?まさか喧嘩なんてしないよね?


「・・・木ノ瀬、妹に何かしたのか?」

「まさか。こんなところに一人じゃ危ないよと言っていただけさ」

「ほ、本当だよ、昴! 木ノ瀬君は注意をしてくれたんだよ」

「そうなのか。・・・木ノ瀬、妹が世話になったな。彗、帰るぞ」



木ノ瀬君にそれだけ告げると、昴は無言でぐいぐいと私を引っ張っていく。片手を昴に引かれながら木ノ瀬君に声をかけた。


「あっ、木ノ瀬君、じゃあまたね!」

「ああ、また」



空に夜の帳が下り、屋上庭園の照明が灯りだす。梓は去り行く成宮兄妹を見つめながらフッと笑みをこぼした。



「・・・・・・へぇ、あれが学年唯一の女子で、成宮の妹、か」



シスコンで有名な成宮の”妹”。特に興味も無かったが、偶然にも当の本人に会うことが出来た。
少しだけ話しただけだけど、天然ボケなところがある。昨日、翼にぬいぐるみを届けた件もあるし、兄妹揃って からかい甲斐はありそうだ。



「ふーん、・・・・・・まぁ、楽しみが一つ増えたかな」



梓の中にちょっとした悪戯心が浮かび上がった。久々に心がワクワクする感覚を得る。
遥か宙の上で 射手座の矢が キラリ、と光った。


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