第九羽 「運命」なんてものには興味が湧かない
「なぁ、梓ー。」
いつものごとく、従兄弟の翼が僕に声をかけてきた。
星月学園で偶然にも再会を果たした僕達は、従兄弟という間柄故、一緒に行動することが多い。
とかく翼については、発明品で皆に迷惑をかけることが多いので、教師が僕をお目付け役に指名することが多いからだ。
「何? また何か爆発させたの?」
「ぬがー! 違うぞ! まだ完成して無いから大丈夫!」
「(今回もヤバそうだな・・・)で、どうしたの?」
「ぬぬ、そうだった! 昨日、生徒会室に女子が来たんだ。俺のクマった君を持ってたんだぞ?」
「へぇ、女子って2年の夜久先輩?」
「ちーがーうー! 緑のスカーフだったから1年生だった」
「ああ、それって成宮の妹だね。よかったじゃない、届けてもらって」
「ぬー、そうなんだけど」
昨日あれだけ「クマったくんが居ないのだああああ!」と騒ぎ立てていたくせに、親切にも届けてもらえたんだからいいじゃない、と思う。
それにしても、届けた本人が成宮の妹とはね。このことを成宮が知ったらどんな反応を示すか容易に想像できる。
だけど、僕には関係ない話だ。興味が無い。授業開始のチャイムを聞いて、僕は自分の席に戻った。
放課後、生徒会室に向かった翼を見送って、僕は図書室へ向かうため廊下を歩く。
部活に行く生徒、寮に帰る生徒。毎日繰り返される日課、変化の無い日常。
僕の興味をかきたててくれるものがここにはあると思って入学したけれど、これじゃ、今までと何も変わらない。
軽く息を吐いてふと窓の外に視線を移すと、校舎脇の木陰で誰かに声を掛けている不知火会長を見つけた。翼が生徒会室に向かったというのに呑気なものだ。
僕は気まぐれにそちらに歩を進めた。
「・・・不知火会長、こんなところでサボリですか?」
「あ? ・・・なんだ木ノ瀬か。サボってなんか居ないぞ、生徒会長としてこいつを起こしに来たんだ」
「こいつ?」
不知火会長が声を掛けるその先には、木の幹に体を預けてすやすや眠る一人の先輩が居た。
「おい、四季! 起きろって! とっくにSHRは終わったぞ!」
ゆさゆさ肩を揺さぶっても四季という先輩は一向に起きる気配が無い。息はしているようなので、大事には至らなそうだ。
とりあえず、自分の手助けは必要ないようなので、その場から立ち去ろうとした。
「待て」
ふいに背後から声を掛けられる。・・・不知火会長の声ではない。だとすると、声の主は。
ゆっくり振り向くと、先ほどまで熟睡していたはずの本人が此方を見ていた。赤い目が印象的で、その視線からは万物を見定めるような不思議な印象を受けた。
「・・・僕に何か用ですか、先輩」
いつものように無難な笑顔で振舞うが、赤い目の先輩は表情一つ変えずに僕から視線を外さない。
ただならぬ雰囲気に、不知火先輩も口をつぐんで表情を強張らせた。
「お前、予言の一角。」
”予言”
ぴくり、と僕の表情が一瞬揺らいだ。・・・幼かった僕にも鮮明に残っているその言葉の羅列。幼い頃、翼に渡されたもの。
英空じいちゃんが、星月学園の生徒から受取ってきた不確かな翼の未来。
大きくなって、今では科学で解明されたものしか信じなくなった僕にとっては、戯言でしかない。
「興味がありません。先を急ぎますので、これで」
先輩達に背を向ける形で踵を返す。
『・・・宙の心央で矢を穿つ崇高なる賢者よ。
覇王が統べる星の降り注ぐ国に降り立ち、運命の輪に其の身を委ねよ。
無限に広がる宙に在りし星々を廻り、其の意思に皆中せし星に執着せよ。
其は己を更なる高みへ導く道標とならん。全ては星の導きのままに』
まさか。
先輩達に背を向けていたのは幸いだった。僕の表情は驚きに満ちていた。自分のものだと言い渡されたそれは翼の予言に良く似ていた。
運命だとか、そんなものに縛られたくは無い。僕は自由で居たいんだ。
軽く息を吐いて心を落ち着かせると、僕はいつもの表情で先輩達に向き直った。
「・・・何ですか、それ」
「お前の”予言”。星の道標が指し示すもの」
「”予言”? て・・・先輩達は”星詠み”じゃないんですか?」
「それ、双子星にも言われた。また、説明するの、めんどくさい・・・」
「予言なんて、僕は何者にも捕らわれない。それに科学で解明できないものは信じていないんです。それでも貴重な『星詠み』を拝見できて良かったです。では失礼します。」
そう、予言なんて。
そんな不確かなものに頼らずとも、僕ならば未来を切り拓いてゆける。一人だって寂しくない。
変化の無い日々にうんざりして目が曇ってしまったようだ。こんなの、僕らしくない。
古代より高みの色を宿すその双眸に、遥か遠くを穿つような鋭さを宿して、梓は振り返ることなく歩を進めた。
「四季」
「・・・何」
「勝手に星を詠むのは校則違反だ。人の人生を狂わしかねない」
「運命の輪が回る」
「お前、だから人の話を、」
「星の導きで、彼の地に彼の者達が集まった。もう止められない」
珍しく饒舌な四季を前に、不知火は彼を諌めるのを止めた。そして、問う。
「・・・それは、星月に禍をもたらすのか?」
「全ては導きのまま。どうなるかは彼ら次第。変える事は、できない」
しばらくお互いににらみ合っていたが、いつまでも真剣な表情の四季に、不知火は根負けし、ため息を吐く。
「っ、ああもうわかったよ! 俺があいつらを見守ってやれば良いんだろ?」
「うん、頼む、不知火」
「おうよ、俺様に・・・いや、我が生徒会に不可能は無い!!」
ニッと口端をあげた不知火は四季と共に校舎の中に居るであろう、彼らを見上げた。
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