「名前、」 「……」 「……ごめん」 「やだ、許さない」 襖越しに背中の向こうで溜め息の音が聞こえた。この家の主の寝室に籠って早一時間。本来、主は寝かせなければいけない身体なのだけど、色々あって何故か追い出してしまって、何故か私がこの部屋に閉じこもる事態になっている。 「いつもボロボロで帰ってきて、さ、ただいまなんて言われたら怒るに怒れないし。でも今度の今度は許さないし、怒る」 「名前」 いつから銀ちゃんはかぶき町のヒーローになってしまったんだろう。みんなに頼られたり、災難を呼び込んだり、そのたび万事屋のみんなは怪我をして帰ってくる。特に銀ちゃんはもっと酷い怪我をして……。 「なあ」 「……」 「そのままでいいから、話聞け」 「……」 「……心配させてばっかで、悪ぃ。いつも待たせて……悪いと思ってる」 ゆっくり、銀ちゃんがそう話すと襖がカタン、と鳴った。……見なくたってわかる。私は自分の手を恐る恐る、襖につけた。この向こう側にはきっと銀ちゃんの手がある。 「……俺だってさ、ほんとはだりぃよ。面倒なモンには首突っ込みたくないわけ。……でもよォ、この街の人間を護りたいっつーか、あーそれは言い過ぎだけど」 反対の手で、襖を少し開ける。鋭く刺さる銀ちゃんの目に、ハッと息を飲んだ。 「どんなに危ねェ橋渡っても、俺はお前が此処で待ってくれっから頑張れるし、お前が生きる場所を護りてェ」 「……!ぎ、」 「だから、許さない、なんて無しな」 更に開かれる襖を何処か遠くで見てるような気分。銀ちゃんは私のために戦っているの?……はじめ、から。 「名前」 「もう、自分を傷付けないで、よ」 「あ……?」 「銀ちゃんが、傷付くたび、私も傷付く」 今度は銀ちゃんが息を飲む番。だらけた目が大きく開かれて、私の頭を叩いた。 「なんだよ、それ。別にいんだよ、俺が望んでやってることだし」 「それでも嫌なの」 「……」 「お願いだから」 手が伸びてきて私は銀ちゃんの胸に吸い込まれるように引き寄せられた。 嗚呼、きっと彼は“約束する”なんて言わないんだろう。 そして、私は“いってらっしゃい”と笑顔で彼を見送るのだろう。 結局そうなのだ。こうやって行かないでと言っても、彼は行くのだ。背負ったものを見捨てることはできない人なのだから。小さく溜め息を吐いて、彼の背中に手を回した。 110322 title/hmrさま |