卒業式から数日過ぎたというのに私は何故か制服を着て、卒業した母校へと足を運んでいた。別に卒業したことを忘れて間違えてやって来たわけではない。蕾が膨らむ桜の木を教室の窓から眺めていた。 「ほんとに、卒業したんだ」 まだ残る3年間使用していた机。完全に消しきれてなくてうっすらと黒板に残る「卒業おめでとう」の文字。今、やっと実感が沸いてきた。 「誰か残ってんのかー?」 ガラリと開いた扉から気だるそうな声が飛んできた。少し間を置いて、声のほうを振り替えると、驚きの余り、煙草を落とす担任が居た。 「おいおいコスプレですか」 「3月31日までは高校生の肩書きなんで、残念ながらまだコスプレじゃないですよ」 落とした煙草を拾い、それをポケットから取り出した携帯灰皿に押し付けて先生は教室へと入ってきた。 「そーいう問題じゃなくてね」 「……卒業したって思えなくて。卒業式のあと、みんなと遊んだりしたけど、先生は来なかったし」 「俺だってなァ、忙しいんですよー。次に入る奴等の受け持ち決まっちゃったからね、ほんと面倒なわけ」 お陰で暫くは首が繋がるけどよ、と笑いながら言う先生に対して私は俯いた。 「……そうなんだ」 じゃあ、私たちのことなんて忘れてしまうのかな。なんだかんだいったって新しい子たちが可愛く見えるよね。 「なに考えてんだか知らねェけど、俺にとってお前らが初めて受け持った生徒だからな。一生忘れるこたァねェよ」 「……考え、見透かされちゃった」 「馬鹿だなぁ苗字は。そんなに俺のことが好きか」 「!……なっ、そんなこと……」 「あるに、決まってんだな」 ニヤリと先生が取り出したのは長方形の箱だった。……すごく見覚えがありすぎて顔が熱くなる。 「そ、それ……」 「お前がくれたんだよなこのチョコ」 バレンタインの日に名前も何も残さずに先生の机に置いたチョコレートだ。 どうして、わかったの? 「俺が食べたいって言ってたチョコ覚えててくれたんだなあ。お陰で勿体なくてまだ食べれねェ」 「あ……」 以前、妙たちとバレンタイン特集の雑誌を見てて書いてあったチョコファッジのレシピを指差し、これ食べてみてェな、と言っていたのを私は覚えていた。そして先生もまた、覚えていた。 「先、生……」 「これって本命?義理?義理だったら先生泣いちゃう」 「……」 「先生としては来年も再来年も作ってもらいたいんですけど、如何ですかね」 「……喜んで」 卒業しても、先生と居られる。その喜びが大きすぎて涙が出た。 110304 |