目には目を、歯には歯を。ただそれだけ。彼がやったことを私はやり返しただけ。でもやっぱり虚しい。 「ッ……あ」 身体を這う指の太さも、合わせられた体温も、私の奥を突くモノも、私の大好きな人とは違う。何をしているんだろう、私は。 せめてこれが行きずりの相手ならいいのに、生まれて始めてした浮気相手は彼とは犬猿の仲だ。 「ひじ、か……、さっ……」 ぴたり、と動きが止まって、嬌声も止む。カエルのように私の足は折り曲げられ、少し苦しい。うっすら目を開くと、土方さんはいつにも増して不機嫌だ。瞳孔が更に開いている。 「お前ェよ、こういうときくらい名前で呼べよ」 土方さんはゆっくり腰を引くと、またゆっくりと律動を再会した。ぎゅっと目を閉じて波打つ快感に喘ぐ。 「名前ぐれェ知ってんだろ……っは、やべ。ったく万事屋はいつもいい思いしてんだな」 “万事屋”と口にした言葉は私を固まらせるのには手っ取り早いそれだった。土方さんの下で感じて喘いで馬鹿みたいだ。私は銀ちゃんを裏切ってしまってることを、改めて思い知らされる。 「お前ェも何処が良かったんだか、あの男は」 ほんと、そう思うよ土方さん。あんな浮気男の何処を好きになったんだろ。経済力もない、だらしない、男。銀ちゃんとは一回も入ったことのない高いホテルにすんなり行く土方さんは仕事もできるし、カッコいいし、いいとこばっかりなのに。 「……名前」 「んぅっ……!」 だけど煙草の匂いが混じる苦いキスは嫌い。甘い、いちご牛乳のキスが好き。 「あっ、ん……!」 不意に出てきた涙は銀ちゃんに対しての罪悪感からなのか、快感に打ち震える生理的なものなのか、頂点に達した今の私に考える術はなかった。薄っぺらいゴムの向こうで土方さんもまた達した。 次に目を覚ましてからの空虚な心は容赦なく胸を痛め付けた。 帰らなきゃ。……どこに? わからない、でも此処には居づらい。 「……行くのか?」 「……ごめんなさい、土方さん。昨日はお互い……」 「ああ、呑みすぎたな。じゃあな」 背を向け、すぐに寝息を立て、寝たフリをしてくれた土方さんに小さく謝って、ホテルを出る。外に立っている銀ちゃんを見つけて、鞄を落とした。 「銀、ちゃん……」 ああ、何処で情報を掴んできたかはわからないけど彼の顔を見る限り、私が土方さんと一夜を共にしたのはわかっているようだ。ひっぱたかれるかな、軽蔑されるかな、フラれる、かな。 だけどね、貴方は知らないでしょ?約束したのに貴方が来ない夜は泣き通しだということを。デートをよくすっぽかされたり、平然と女の人に肩を組まれて私の前を通りすぎたあとの悲しさを。 私はその悲しみをぶつけたことはない。いつだってモヤモヤのまま、全てを隠していつものように笑顔貼り付けて会う私は馬鹿な女だ。 だから知ってほしかった。銀ちゃんにとって私はそこらへんに居る女と同類かもしれない。それでも私は銀ちゃんの彼女だと信じたいから、銀ちゃんが一度でも私を怒ってくれたり悲しんでくれたりしてくれれば充分だから、別れることになっても後悔はしない、と思う。 暫く無言のまま、いたたまれなくなった私は目を伏せた。にゅっと、視界から表れた着流しの袖が見えて、腕を掴む。 「……帰ぇっぞ」 「銀ちゃん」 「いつも悪かった」 朝日が昇り1日が始まる中、銀ちゃんに手を引かれて歩く私は涙が止まらない。罪悪感なんて吹っ飛んだ。 おあいそですよ しょせんはね (これからも予定をすっぽかすかも知れねェが、浮気はしねェ) (信じて、いいの?) (一瞬でも裏切られる気持ちを、これ以上味わせたくねェし、こんな思いすんのは二度とごめんだ) title/東の僕とサーカス様 110928 |