男勝りな少女だった。昔の話だが。それが成長していくたびいい女になりやがって、悪い虫でもつかねェように高杉と何度も陰で潰してきたのは墓場まで持って行く秘密だ。 小学校も中学校も高校もほぼ同じクラス。幼なじみって言葉を使うのが恥ずかしくて何度もほんとにこいつとは腐れ縁なんだよ、なんて言ってた。でもいつからだろうな。お前に惹かれていたのは。高杉と3人で登下校すんのも実は楽しみで、正直高杉が邪魔だった。あいつもきっと俺を邪魔だと思っていたはずだ。俺たちは名前が好きだった。 いや、でも、ほんと早く言っとけばよかったな。好きだって。 『うーん、晋介のが私はいいかな』 女子たちの会話を聞いてしまったら、名前は晋介が好きなんだと勘違いしてしまうのは当然のことだと思う。クラスの男子の人気投票。名前はいとも簡単に高杉の名を口にした。俺の中に黒いもやもやが現れたのはそのとき。たまたま言い寄ってきた女を彼女にして、俺は名前への想いを断った。誰だってそうだろ?好きな女の幸せは奪いたくねェよ。 『うん、わかった。私は晋助と帰るから』 あっさりと名前はそう言って笑った。こいつが好きな高杉と2人で帰れる喜びなのかと考えると腹が立ったが仕方がない。俺には彼女が居る。だからいいんだ、あいつらは好きにすればいい。……その女とも長くは続かなかったが、俺の前には女がたくさん現れて、不自由は全くしなかった。高杉も同じように、裏では女を泣かしたりと酷いことをやっているようだった。なにしてんだよ。名前はお前が好きなんだぜ?なんで他の女に行くんだよテメェは。 『俺と付き合えよ』 やっとかよ。遅ェぞ。俺がお前たちと距離を置いてどんだけ経ったと思ってんだ。ったく、これ以上は野暮だから聞かねェ。いや、聞きたくなかった。名前が答えるその言葉を。後で仲良く帰ってる姿を見ると、嬉しいやら悲しいやら、よくわからない感情が頬を伝った。 それから俺たちは3年になり、受験の季節がやってきた。勉強漬けの毎日は女を作る暇もなかったが、持ち前のやる気のなさで適当に過ごし、高校を卒業した。その間、高杉とも名前とも話すことはなかったし、大学に入ってから小学校や中学校の同窓会があっても仕方なく行った俺と違い2人は来ることもなかった。 あーあー。宜しくやってんのかよ。強引に奪えばよかったなァなんて、強がりも出つつ、相変わらず女をしょっちゅう変えながら大学を卒業した。 入社してすぐに、同僚から合コンの誘いがきた。その時は女も居なかったし、そろそろ特定の女でも作りに行くか、と考え誘いに乗った。それがよかったのか悪かったのかと言えば、よかったわけだ。そりゃ、もう。 誰だってわかってるだろうけどさ、髪の色や、化粧で女ってすぐに変わるんだよ。ほんと。でもなァ、例えどんなに化けたって好きな女はすぐにわかんだ。合コンに遅れてやってきた女は、 「名前じゃねェか」 「……銀時?」 久しぶりに呼ばれた声は懐かしくて、ずっと聞きたかった、俺に向けられたそれ。目が大きく開いて、俺を見る。そして幹事であろう他の子に帰るね、と告げる名前。えー、と非難の声をものともせず、店を飛び出した名前を追い掛けた。待てよ!そう言った俺に周りはどよめきの声を背に受けた。 「名前」 「なに?」 少し大人になった名前。俺と目を合わせず俯きながら、掴んだ手を離せというように声で制した。 「もう会えないと思ってた。同窓会とか来ねェし。高杉とまだ付き合ってんのかよ」 「……は?」 ずっと聞きたかったこと。お前が高杉と幸せならそれでいい、ついでに結婚でもしてくれれば最高だよ。だけど予想外の返答に今度は俺が動揺する。 「は?って、高杉と付き合ってたんじゃねェのかよ」 「待って。私は晋助に告白はされたけど、付き合った覚えはないわ」 「いやこっちこそ待てよ、俺は聞いたんだよ、高杉がお前に告白してるとこを。返事は……そりゃ聞いちゃいないが、後で仲良く帰ってたじゃねェか」 俺の記憶に間違いはない。困惑する名前の目を捉えた。やがて少し考えてから話始める。 「……普通に帰ってただけよ。別に気まずくなるような関係でもないし」 拍子抜け、だった。名前の手を離し愕然とする。お前が高杉を振ったってこたァ、アレだよな?高杉のことを好きじゃなかった、ってことかよ。 「……気が済んだ?」 じゃあ、と言って背を向けて歩き出した名前。動揺した俺の声は小さかったが、名前は律儀に立ち止まった。そのまま勢いに乗って零れた俺の言葉はお前はどう思う?今更だと思うか?さすがにお前もわかってんだろ? 「ずっと言いたかったんだよ。俺ァ。お前はずっと高杉が好きなんだと勘違いしてたみてェだ」 「……晋助は幼なじみとしか見れない……そう、告白されたときに返事をしたわ」 それは名前の紛れもない真実なのだろう。だけど、やっぱ諦めきれねェよ。燻ってた想いに一気に火が点いたんだよ。 「もう、逃がさねェよ」 再び走り出した名前を後ろから抱きしめて、耳元で囁いた。 今度こそ、ホント、 (ずっと好きだった、今もお前が) title/家出さま 110906 |