前代未聞の卒業式が終わった。今頃、銀八は理事長にこってりと絞られているだろう。 「ね」 少し膨らんだお腹に話掛ける。あれから彼を探し出した私は改めて彼に好きだと言った。その直後に倒れたから、目覚めたとき幻覚だと思っただなんて驚いていた。 「ごめん、名前」 「……お願いだから離れないで。先生なしじゃ私は生きていけない」 「……でも」 「先生が、癌って知ってるよ。でも治るんでしょ?治そうよ!!」 銀八の手を取り、私のお腹に当てた。なんのことかと彼は眉を潜めた。 「此処に命が在る。先生が私に愛をくれた結果だよ。だから私も先生とこの子を愛したい……!」 ばかやろ、と先生が私を抱きしめる。先生の匂い。故郷の匂い。それに触れて、涙が出た。 濃い1年だったと振り返る。先生にキャバクラでバイトしているのがバレて、クラス替えはまさかのZ組。父親に殴られ、入院して先生と想いが交わって一緒に暮らして、総悟たちと遊んで、先生に抱かれて、愛欲に溺れる夏休み。受験モードの中の生活でわかった妊娠。先生が行方を眩まし、私も後を追った12月。 それらは楽しい思い出もあったけれど、殆どは辛い出来事だった。先生の傍に居たい、嫌われたくない。色々な気持ちが混在していた。でももう迷わない。 私の欲しかったものがもうすぐ手に入る。……違うか。戻ってくるんだ。愛に溢れた生活が。 風が髪を揺らした。まだ咲ききってもいない桜の花びらが混じっていたような幻覚に陥る。それはやっぱり幻覚で、目に映るのはZ組のみんなが校庭でガヤガヤしている光景だった。 「ほら」 すっと横切った人は、左手を差し出す。薬指に光るシルバーの眩しさに目を細め、右手を託した。 「ねぇ、幸せになれるかな」 「幸せにしてやるさ」 「……うん。期待してるからね、パパ」 「なんかすっげぇ、くすぐったいなそれ」 横目に見えた先生の目は、私を見ていた。そして2人で笑い合って手を繋いだまま、みんなの元へと走った―――― 101215 ≫ |