ドロップ | ナノ

名前の元を離れてからどれくらい経っただろう。アイツを置いていくのは忍びなかった。それでも怖かった。俺は名前の傍に居続けることは不可能だからだ。いつ死んでもおかしくない身。




そうだ俺は名前から逃げている。一緒に居ようと、約束したあの夏が今は遠い昔のように思えた。どんよりとした雲を見つめ、名前の笑顔が朧気に蘇る。




「!っ、ぐ……」




顔をしかめ、胸を抑えて荒い呼吸を繰り返す。壁に寄りかかりながらしゃがみこみ、息を整え、ポケットから薬を出した。これが、今の俺を生かすもの。




「死ぬ、なんてよ、怖くないと思ってたんだぜ……」




眼鏡を握って、部屋の奥に投げ捨てた。手は震え、錠剤をそのままで飲み込む。どんなにボロボロになろうと、気にかかるのは名前のことだ。








『肺癌、です。末期になる前に早目の治療を』








それでも俺はまた隣に居たい。名前の傍で、一緒に生きたい。俺のこの病が治るというなら、それを信じて、今は全てを断とう。だけどアイツは一人にさせられねぇから、沖田や神楽たちに頼んで、俺は俺のことを考えよう。




最後に名前を抱いたのはいつだったっけか。俺もアイツも体調がよくなかった日が続いてからは一緒に眠ることしかしてなかったっけか。……ちゃんと寝れてんのか。飯、食ってんだろうな。いやいや、沖田たちに任せておけば大丈夫だ。




「っ、んで……どうして、人任せにしてしまったんだろうなぁ」




簡単だ。名前に真実を知られたくないからだ。もし、病気が完治し、名前に会いに行ったとしても、俺を待っていないかもしれない。既に誰かが隣に居るかもしれない。……腑に落ちねぇが、笑って……幸せで居てくれるなら別に構わねぇ。


こじつけだ。俺は名前の為に生きる。要らないと思っていたこの命を、昇華させるために。……薬のお陰で胸の痛みが和らいだ。呼吸もマシになり、だが副作用なのか、頭がはっきりとしない。




グラリ、と立ち上がる。外は雪が降っていた。今年、初めて見る雪だ。名前も、これを見ているといい。ああ、そうだ、確か数週間前にあの街にも初雪が降ったと天気予報で言っていた。




じゃあその時に見ただろう。クリスマスもとっくに過ぎた。……沖田たち、クリスマスパーティーもしてやっただろうな。




「死ぬなんて、怖かねぇんだ」




さっきも似たようなことを話した気がする。怖くなかった。それは真実だった。大切な者が出来たお陰でそんなもの崩れ去ったけれど。

靄の掛かった意識の中で、愛する人の名前を呼んだ。







「……愛してる」


「私も、だいすきだよ、先生」



ああ、最期に聞こえたのは幻聴だろうか。神様ってやつが居るならこれは遅いクリスマスプレゼントってことか?









101215

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