総悟に甘えてしまってどれくらい経ったのかはわからない。他の教室がざわめき始め、体育館に移動の時間にはなっているのは確かだった。総悟から離れたと同時にZ組の教室の扉が開き、高杉先生が現れた。 「高杉先生、私、わた、し……」 「来い」 高杉先生の言葉に総悟は頷いて私の肩を抱いた。ふらふらと覚束無い自分の足取りに驚いた。こんなにも精神的ショックを知らないうちに受けていたのか。じわり、涙がまた溢れた。 保健室のソファに座らされ嗚咽を堪える私に高杉先生は溜め息を吐いた。 「……銀八が今日、退職届を送ってきやがった」 「……え?」 「理事長の計らいで休暇にしたが。……その様子じゃ理由はわからねぇみてぇだな」 退職届?どういうこと……? 胸ポケットに入れた便箋を取り出す。 「……これが、置かれてたんです」 たった一言の手紙。総悟は訳がわからないという表情だったけど高杉先生がハッと息を飲んだのを私は見逃さなかった。 「心当たり、があるんですか?」 「……」 「教えてください。私、なんにも知らない……!先生のことだってちょっとしか知らないのに……」 「名前……」 便箋を返されて、高杉先生が立ち上がる。溜め息をまた吐いた。 「……今はまだ、言えねぇな。それが理由だとしても。だが、あいつの居場所は俺も探す。いいな、苗字」 「……高杉先生、……私、」 ぐっと握りしめた手をお腹に当てた。高杉先生はすぐにわかったのか、舌打ちをした。彼が一番最初に妊娠の可能性に気付いてくれたから余計に。 「苗字はその辺で寝とけや。沖田、テメェもサボっていいからコイツの傍に居ろ」 「言われなくてもそのつもりでさァ」 「面倒だが、体育館に行ってくる。一応、任されたからな」 スタスタと高杉先生は保健室を出た。保健医が一時的とはいえ担任を任されるなんて聞いたこともないけれど、代わりが高杉先生でよかったのかもしれない。 ポン、と総悟が肩を叩いて言った。 「なんか欲しいもんあるんなら買ってきますぜ」 「……いちご牛乳がいいな」 少しでも、先生と関わりがあるものでもいいから、触れたかった。初めて家で飲んだあの味を、忘れたくなかった。 101213 |