『俺ん家来いよ』 先生はどんな意図があって私にそれを言ったんだろう。なんか思い出してしまう度に顔が熱くなる。 『わ、わりぃ、変なこと言ってしまったな、忘れてくれ。もう面会時間過ぎてるからよ、帰るわ。また明日来るから』 昨日、先生は我に返ったかのように言ってからそそくさと帰っていった。 ……忘れてくれ、なんて無理。どうして一生徒のために助けてくれるんだろう。…確かに助けてと先生に言ったのは私らしいし、あーもやもやする。 忘れよう、うん、忘れ、なきゃ。暇潰しにと先生が貸してくれた小説を閉じると同時に病室の扉が開いた。 まさか先生?と思ったが、“先生”違いだった。 「苗字!元気しちょるがかー?」 「坂本先生?」 「あっはっは。痛々しいのぅ。大丈夫きに?」 「あ、えと、はい」 坂本先生は果物の盛り合わせのカゴを机に置いて座る。……大したことで入院したわけじゃないのに、なんて贅沢な見舞品なのだろう。 「金八から聞いてのう……今日は来れないから代わりに頼まれて来たきに」 「金八…?あ、坂田先生ですか。……そうなんですか…」 「まぁ心配することなかよ」 ああ、その心配するなって言葉、前にも聞いたことがある。私がバイトしていると、唯一言ったのはこの人だ(坂田先生のほうは見つかったから仕方なくもあったけど) その時も校則違反だから辞めろとか、反省文や停学とか言うのに。そんなこと一言も言わなかった。いや……言うわけがないとわかっていたから出来たことなんだけど。 適当だけど坂本先生は親身になってくれている。……坂田先生も、たぶんそうなんだと思う。だけど、同情だけはしてほしくない。 「のう、苗字。苗字にとってアイツはいい先生か?」 「へ?……あ、はい」 「そうか、それならいいんじゃが。あいつのクラスに苗字を入れようと推薦したのは、わしなんじゃ」 坂本先生がそう言って段々と話しはじめる。 私がもっと自由になれるために、つまらない学校生活を楽しくさせるために、それを総悟に頼んでいたことを。 全部、教えてくれた。 そして坂田先生にも私のことを頼んでくれていたってことも。 「……すまんのう。勝手に」 「……ほんとですよ。私、子どもじゃないのに」 「……怒ってないきに?」 「はい、全然。むしろ、ありがとうございます」 ああ、これで解決した。先生が私のことをこうやって気に掛けてくれるのは、坂本先生が頼んでくれたからだ。それに加えて私の家庭事情を知ったから、余計に。 「……なんだ、そっか」 「ん?なんか言ったか?」 「いえ、なにも」 それでも腑に落ちない気持ちはなんと呼べばいいのだろう。 恋? 先生、に? 馬鹿みたい。 100930 |