三雲修 この物語をきみと



夕方の神社はしんと静まり返っていた。わずかに湿気をふくんだ風が桜や紅葉の青い葉を揺らし、ぱらぱらと雨粒がこぼれ落ちる。ここだけまだ雨が降っているみたいだ。いくら家への最短ルートとはいえこの道を選ぶんじゃなかった、といつもなら気分が下がっていた。夕日に照らされる濡れた石畳を踏みしめながら、雨もいいものだ、と思ってしまっている自分はなんて単純なのだろう。


「結婚報告、みんな喜んでくれて嬉しいね」
「そうだな。……小南先輩と烏丸先輩のことは心配しないでくれ」


今日は玉狛支部で修の誕生日会を行った。と言っても大層なものではなく、みんなでお菓子やジュースを持ち寄って騒ぐという、会と呼ぶには軽いものだけれども。そろそろお開きというタイミングで私と修は目配せをし、立ち上がった。


「ぼくたち、結婚することになりました」


一番に反応したのは小南先輩だった。先輩は私と修を抱きしめると「あんたたちやっと?!やっとなのね!!」と大泣きした。その傍らで烏丸先輩が「ちょっと結婚情報誌買ってきます」と呟き、玄関へ走り出すものだから修と一緒に全力で止めた。
ここ数日、いろんな人から祝福を受けた私の頭の中は幸せいっぱいだった。年甲斐もなく気づいたらスキップしてしまいそう。


「名前」
「ん?」


隣を歩いていた修が急に足を止めた。振り返ると、じっとこちらを見つめる彼と目が合った。


「受け入れてくれて、ありがとう」
「主語がありませんが?」


笑い混じりにそう言ってみると修の顔がみるみる赤く染まっていき、そのまま俯いてしまった。あら、いじめすぎたかな。修は眼鏡を忙しなくかけ直し、私の目を捉えた。


「プロポーズ、受け入れてくれてありがとう」


彼の顔は相変わらず真っ赤で、でもその眼差しは強い決意のようなものをはらんでいた。心臓がどくんと音をたてる。さらさら揺れていた木々の葉も修の真っ黒な髪も、写真みたいにぴたりと止まる。いつもそうだ。修の目は私から視覚とか音とか匂いとか、あらゆるものをさらっていってしまう。
どういたしまして。元気いっぱいに返そうと思っていたのに、口が動いてくれない。それよりも言いたいことがあるよ、と私の唇が主張してきた。戸惑ったが、私は素直に認め唇に音をのせた。


「生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、ありがとう」


顔が、体が、熱い。こうなることはわかっていたけど、いまどうしても伝えたかった。私なりのプロポーズ。修もあの時、こんな気持ちだったのかな。そうだったらいいな。


「なんだろうな」


しばらくして、修が小さく呟いた。

「なんだか、叫びたい気分だ」
「うそ、修が?」
「ごめん、いまこっちを見ないでくれ」


ふい、と横を向いてしまったから、そんなことをされるとどんな顔をしているのか余計に見たくなってしまう。ふざけて覗くふりをすると、修は見られまいと腕で顔を隠してしまった。


「前見て歩いてね、植込みの中に入っちゃうよ」


私が言うのと同時に修の焦った声が聞こえた。冗談で言ったのに、彼は本当に横手に植わっているツツジに突進しそうになっていた。


「もう!こっちだよ」

ぐっと手を引くと惚けた顔をした修と目が合った。初めて見る表情に心が震える。修の目がそのままゆっくりとけていく。


「ぼくと出会ってくれて、ありがとう」


私だけに向けられた微笑みに見惚れながら、小さくうなずいた。
来年も再来年も、そのまたずっと先も、私は今日のことを思い出すのだろう。そして、こんなことあったよね、と修と二人で笑い合うんだ。






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