ひとりじめ




 さて名前が俺の太腿に頭を預けてから十五分が経ちました。まぶたは閉じられているものの眠る気はないらしく、「あー」とか「ううー」とか時折唸り声をあげながらごろごろと器用に転がっている。悲しいことにそれはもう見慣れた光景と化していて、今日も俺はこのぐうたら女の頭の重み(人間の頭は約五キロあるらしい。あまりにも重すぎるから調べた)に耐えながらぼんやりソファに身を沈めている。
 本部の人間がこれを見たらどう思うやろな、と無意味なことを毎度考える。名前の弧月の扱いはしなやかで無駄がなく、洗練された動きであると評価されているらしい。その姿に憧れている後輩は多いと聞く。今日のランク戦もこいつ目当てのC級隊員が集まっていたらしく、噂を聞いたイコさんが「どうしたらそんなカッコイイ動きできるん?」と絡みながら交戦していた。お願いやから集中してくれ。その合間に名前に落とされた俺が言えるセリフではないが。
 海がスタンプを連打するせいで生駒隊のタイムラインが流れていくのを眺めていると、スマホ越しに名前と目が合った。唇が、笑いを我慢するように引き結ばれている。しょうもないことを考えている時の表情である。

「ねぇ」
「なんや」
「敏志の服についてた」

 名前の親指と人差し指が目の前に伸びてきた。何かをつまんでいる。一本の髪だった。俺のズボンの上に流れる、名前と同じ色、同じ太さの髪。それを持ち上げながらじっと眺めていたかと思うと、わざとらしく眉間に皺を寄せ再びこちらを向いた。

「ちょっと、どこの女のよ」
「お前しかおらんやろ」

 むふふ、と名前は気味の悪い声をあげながら俺の腹に顔を埋めた。背中に回された手がポンポンとパーカーを撫でる。

「返品しといた」
「捨てぇやアホ。そんで人の腹を吸うな」
「拒否」
「俺が拒否ってんねん」

 名前はもう一度笑い声をあげ、腹を吸う作業に戻った。今度はわざとらしくスースー音を立てている。肩を押してやると思ったより簡単に引き剥がせた。じろり、鋭い視線がこちらへ向く。一瞬、どくりと心臓が音を鳴らした。数時間前のランク戦、目前に迫る名前、静かな声。

「一点、もらうね」

 頭の中まで斬り捨てられたみたいに、その声は冷たく響いた。

「どうしたの?」

 鋭い、冷たい、なぁ。こみ上げてきた笑いを必死に押し留める。ほんまに、お前に憧れてる奴らがこれを見てどんな顔をするのか見てみたいわ。

「なんもないわ。て、またいらんことしとる」
「へへー」

 気づけばパーカーの紐が極限まで伸ばされていた。フードを触って直そうとする俺の様子を名前は楽しそうに観察している。その気の抜けた顔の額に、デコピンを一発お見舞いしてやった。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -