三雲修 夕暮れとケチャップ



最寄駅に降り立ち、やっと仕事モードから解放された。連休により腑抜けた頭と体は久々の仕事のせいで大ダメージを喰らっていた。履きなれたヒールが重い。しかし私はスーパーマーケットに行かなければならなかった。オムライスの相棒、ケチャップを買いに。
昨日ご飯をたくさん炊いてしまったから安直にオムライスにしようなんて考えたけど、やっぱりやめようかな。ケチャップ一つ買うのがものすごく面倒になってきた。でも口はオムライスなんだよなぁ。
脚を引きずる気持ちで歩を進める。ようやくお店の看板が見えてきた。ここまで来たらスルーなんてできない。私はケチャップを買うぞ。志を高く持ち、入口に向かう。自動ドアが反応しガラス戸がスライドすると、目の前に見知った顔が現れた。


「あれ、修?」
「名前。おかえり」


店内から出てきたのは夫・三雲修だった。さっきの倦怠感はどこへやら、自然と声が跳ねてしまうのが自分でもわかる。


「ただいま。何か欲しいものでもあったの?」


修の右手に提げられた袋を見る。あ、と私は声をあげた。


「ケチャップ、なかっただろ?今朝オムライスを作るって言ってたから買っておいた」
「天才か」
「それは言いすぎだ」


修が穏やかに笑う。私の疲労が三十パーセント回復した。私はよく彼を天才だと褒めたたえる。修は大げさだ、言いすぎだと言うけれど、いまみたいに偶然会うだけで私のライフを回復させるのだからやっぱり天才だ。なんだか私は無性に嬉しくなって、修の左隣にぴょんとジャンプするみたいに並んでみる。


「名前がこの前おいしいって言ってたお菓子、期間限定の味が出てたから買ってみたんだ」
「天才だよ修くん」
「またそれか。明日は二人とも休みだし、おやつに食べようか」


私は大きくうなずくと、飛びつくように修の左手を掴んだ。その勢いに修は苦笑した。


「仕事終わりなのに元気だな」
「そりゃあね」


修の薬指にはまる指輪をなぞる。一緒に何軒ものお店を回って選んだ指輪だ。修と夫婦になれたなんて夢なんじゃないかとたまに思ってしまうので、そんな時はこうやって触って現実であることを確かめるのだ。


「名前、くすぐったい」


ごめんごめん、と微塵も気持ちのこもってない謝罪を述べ、修のほうを見上げる。言葉とは裏腹に優しい表情を浮かべた彼は、つつむように私の右手を握ってくれた。


「今日は卵たっぷり使っちゃおうか」
「前にテレビでやってたふわとろオムライス……だっけ。やってみるのか?」
「そうそう!よく覚えてたね」
「おいしそうって騒いでたもんな」
「修だって画面に釘付けになってたじゃん!」


かつんとヒールが軽やかな音をたてる。やっぱり修は私を元気にする天才だ。





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