by my side






いつもより遅めの夕食を胃におさめ、一息。イスの背もたれに体重をかける。帰宅したというのに、頭の中はいまだ仕事に占領されていた。明日の準備は済ませた。唐沢さんにも了承を得た。これで大丈夫、なはず。今日の振り返りを終え明日のタスクを組み始めた頃、かちゃかちゃと食器のぶつかり合う音が割り込んできた。目の前にあったはずの食器がなくなっている。顔を上げると、ちょうど名前が食器を流しに置いたところだった。


「自分でやるから……」
「ダメです」


座りなさい、と名前はぼくの両肩をばんばん叩いて座らせた。名前のコップが空であることに気づき、せめてお茶をいれようと冷蔵庫へ向かう。


「なにしてるの?」
「なんでもないです」


冷蔵庫の扉に手をかけたぼくの横でにっこり笑う名前。心なしか、ものすごい圧が彼女から漂ってきている。これ以上何もしないほうがいい。諦めてイスに座った。
することがなくなってしまい、手早く食器を洗っていく名前の後ろ姿をぼぅっと眺めた。帰りが遅くなっても、疲労が隠せない日も、彼女は何も問い詰めない。ボーダーをやめてほしいと言われたことも無かった。「やりたいことを大事にしてほしい」、ただそれだけを何度も言う。
界境防衛機関ボーダー。特性上、組織の仕事内容は口外できない。相手が家族であってもだ。そのことを話したのは確か付き合い始めてすぐのことで、話しておきたいことがあると前置きをして伝えた。「ちゃんと話してくれてありがとう」と彼女は微笑んでくれたが、そのことを出水先輩と米屋先輩に話すと絶句されてしまった。「絶対にその子を離すな」と肩を掴まれこれでもかと揺さぶられたのを覚えている。


「ねぇ、知ってる?」


名前はコップにお茶を注ぎ、イスに座る。頬杖をつくとぼくの顔を上目遣いに覗き込んだ。


「今日、修の誕生日なんだよ」


ん、と名前はスマホの画面を見せた。五月二十五日。ぼくの誕生日だ、とまるで他人事のように思った。日にちは毎日確認しているはずなのに、誕生日なんてすっかりどこかへ行ってしまっていた。


「毎年サプライズ成功したみたいな気分を味わえて楽しいけど、もう三回目ですよ、修くん?」
「ご、ごめん」
「冗談だよ。誕生日おめでとう」
「ありがとう」


カチ、とお茶が入ったコップでささやかな乾杯。ひと口飲み、昨日までほうじ茶だったのが麦茶に変わっていることに気づいた。ごくりと飲み下す。冷えた麦茶がおいしい季節になった。そういえば昨夜、「明日は夏日みたいだよ」と教えてくれたっけ。その予報を見て、麦茶のパックを買いに行ってくれたのかもしれない。


「名前がいてくれるから……ぼくは、こうやって自分の誕生日を思い出せているよ」
「えー、じゃあ私、長生きしなきゃ。修、いつまでたっても自分の誕生日忘れてそうだもん」
「ぼくも長生きするよ。お礼、伝えたいから」
「いや、否定してよ。来年こそは覚えてます、じゃないの?ここは」
「……自信ないな」
「ほんっと、私がいないとダメだねぇ」


名前の手がぼくの髪をわしゃわしゃとかきまぜる。それがなんだか心地よくて、目を閉じる。


「うん、そうだな」


やさしくゆるんだ名前の顔を眺める。
おそらく来年も、ぼくは自分の誕生日を覚えていないだろう。でも、それでいいと思った。










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