かわいいあなた前編





小動物みたいな男子。犬飼くんの後ろに必死に隠れようとする辻新之助くんを眺めながら、そんな印象を抱いた。
小学生の頃を思い出した。友達が大事に育てていた、ジャンガリアンハムスター。あの子に似ている。怖くないよとそっと手を差し出すも私の手のひらには乗ってくれなくて、あわてて隅のほうへ隠れてしまう。友達の手にはするすると乗っかっていくのに。「毎日ご飯あげてるからじゃない?」落ち込む私に友達はそんな慰めの言葉をくれた。
私はきみに危害を加えたいわけではない。女子が苦手という噂は聞いていたが、これほどとは。用事を済ませたあと、鞄を漁った。ソフトキャンディが二個。それらを掴むと、なおも犬飼くんの後ろで冷や汗を流し続ける彼に、できるだけ優しい声音で話しかけた。


「辻くん、犬飼くんを貸してくれてありがとう。よかったら、これ食べない?」


おそるおそる手を伸ばして受け取ってくれたその姿の、なんと可愛らしいこと。犬飼くんによると、とても見てられない、犯罪の気配を感じる表情を私は浮かべていたらしい。……犯罪の気配を感じる表情ってなに?
その後、甘いものが大好きだという情報を犬飼くんから得た私は、会うたびにお菓子を渡し続けた。アメ、クッキー、チョコレート、たまにいいとこのお菓子。挨拶だけだったのが、天気の話、犬飼くんの話、学校の話、ボーダー関連の相談……日に日に会話と辻ちゃんの笑顔が増えていく。そして浄化される疲労、ストレス。辻ちゃんはもう、私の毎日に欠かせない存在だった。


「それ、辻ちゃんの分でしょ」


本部のラウンジで夜ご飯を食べていた犬飼くんは、私の左腕にぶら下がる紙袋のうちのひとつを指さした。


「よくわかったね」
「それだけラッピングが違うから」


その通り。これは辻ちゃんへのバレンタインチョコだった。犬飼くんは私がたったいま渡したチョコレートのラッピングをほどいていく。箱を開けて一粒口に入れ、「ちょうど食後に甘いものを食べたい気分だったんだ」とにこりと笑った。


「二宮隊、さっきまでミーティングだったよね?辻ちゃんどこ行ったの?」
「うーん、終わった瞬間に出ていっちゃったからわからないんだよね。あんなの初めて見た」
「そっか……夕方からずっと探してるのに見つからなくて」


なぜか今日は辻ちゃんに会えない。思い当たる場所はすべて探した。話を聞いてくれた犬飼くんはどこか遠くを見たあと、いたずらっ子みたいににんまりと口角をあげた。おもむろに、私の背後へと指先を向ける。


「あそこの自販機のそばにいるよ」


振り返ると、確かに自販機が一台。しかし辻ちゃんはおろか、人影はまったくない。戸惑いが顔に出ていたのだろう、犬飼くんは「まぁ、そうなるよね」と同意する形を見せながら、私の背中を強引に押した。


「自販機の横。とにかく行ってみなよ」


見るからに誰もいないけど、そこまで言うんならとりあえず行ってみよう。嘘だったら、ホワイトデーに倍返ししてもらうまでだ。


***


いた。自販機の横。私がいた位置から死角になるところに、辻ちゃんは壁を背にうずくまっていた。疑ってごめんなさい、犬飼くん。名字先輩、とかすかに私を呼ぶ声が聞こえた。そっと近づき、辻ちゃんの前にしゃがんだ。


「どうしたの?辻ちゃん」
「え……ええっ?!先輩?!」


呼ばれたから返事をしただけなのに、おばけでも見たみたいな反応をされてしまった。辻ちゃんってこんな声も出せるんだ。新たな発見だ。


「な、なんで?!犬飼先輩といたんじゃ」
「見てたのなら来てくれればよかったのに。探したんだよ。それより大丈夫?お腹痛い?」
「げっ、元気です!!あの、お菓子とか、全然問題なく食べられます!!」
「うん?それならよかった」


なんだか今日の辻ちゃん、いつもよりテンションが高い。と思っていたら、急にしおしおした様子になってきた。視線がぐるぐる、いろんなところをさ迷って落ち着かない。本当にどうしたんだろう。


「名字先輩、あの、今日は……」
「今日?」
「はい、今日は、ええと」


そう言ったっきり、辻ちゃんは黙ってしまった。なんだか最初の頃の彼を見ているみたいだ。小動物みたいな、かわいい辻ちゃん。いまはいまで、また別のかわいさがあるけど。そんなことを考えながら眺めていると、辻ちゃんがゆっくりと顔を上げた。いつもよりも近い距離。私が覗き込んでいたせいだ。早く離れてあげないといけない。


「今日は、お菓子……ないんですか」


なにか、とろっとしたものを有した切れ長の瞳に、私の思考は停止した。いま目の前にいるこの人は、誰だっけ。見慣れた赤く染まる頬に気づき、そうだ辻ちゃんと話してたんだ、と我に返った。胸に抱えていた紙袋を手渡す。「えっ?!」と驚き慌てふためく彼の様子に安堵する。いつもの辻ちゃんだ。辻ちゃんはお礼を言うと紙袋の中を覗き込み、ぱっと顔を輝かせた。


「犬飼先輩たちへのチョコとは、大きさとかが違う気がするんですけど……これは……」
「いつも仲良くしてもらってるから、特別。みんなには内緒ね。私と友達になってくれてありがとう」
「そ、そうですか。ありがとうございます」


辻ちゃんは細く息を吐き出した。私、他の人へのチョコのこと話したっけ。


「あの、名字先輩」
「ん?」
「ホワイトデーのプレゼント、また、渡すので……その時、話を聞いてもらってもいいですか」
「いいよ。私でよければ」
「ありがとうございます」


改まってする話ってなんだろう。まぁ、辻ちゃんが嬉しそうだし、笑顔はかわいいし、私は疲れが浄化されたし、いいか。さて、明日はどんなお菓子をあげようかな。












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