きみしか見えない!
「辻くん!」
「えっ」
辻くんは五回目の呼びかけで振り向いた。やっと現実世界に戻ってきてくれた。作戦室に入るといつもより表情が緩んだ辻くんがソファにちょこんと座っていた。うっとり、ふわふわ浮ついた目。きっとあの子のことで頭がいっぱいなのだろう。
「今日、いいことあったもんね」
「え、えっと、うん」
膝の上できゅっと両手を結び、頬を染める。
「名字さんが、俺に手を振ってくれて」
知ってる。私、名前の隣にいたから。この様子だと気づいてないな、この男。体育の授業が終わりグラウンドから校舎へと戻る途中、窓からこちらを見ている辻くんに名前が気づき、手を振ったのだった。遠くからでもはっきりわかるほど彼は大照れ。小さく手を振り返していた。以前ならそんなことできなかったから、大いなる進歩だ。
「振り返したら、大きくまた手を振ってくれたんだ。かわいかった……」
そう言いながら辻くんはゆっくりと顔を両手で覆っていった。
「よかったね。でもランク戦までには気持ちを切り替えてね」
「それはもちろん。でも」
もう少しだけ。小さく呟きながら、辻くんは目を閉じてゆっくりため息をついた。手を振りあっただけでこれだ。今日、名前の珍しいうたた寝写真が撮れたけど、いまの辻くんに見せたら卒倒してしまうかもしれない。早くレベルアップしてね。そうしたら、見せてあげるから。