素敵な夜





「はぁ?!別れただぁ?!」


隣に座る洸太郎は食ってかかる勢いで叫んだ。ビールジョッキがちょうど洸太郎が酔い始めるくらいの数で、私もいい感じに頭がふわふわしてきたからいいタイミングかなと思ったのだけれど、予想は外れてしまったようだった。洸太郎の目には私への心配が浮かんでいる。


「振られちゃいましたぁ」


残り三分の一のビールをぐっと煽る。少しの間が空く。洸太郎はあからさまにため息をつくとこちらをじっと睨んだ。「あーあ」という呆れ声にほっと胸をなで下ろす。いつもの、ふざけ合う時の声だ。


「オメー、まだ一週間しか経ってねぇんじゃねぇのか」
「洸太郎の記録には負けますね」
「それはもう言うな」


洸太郎の交際最短記録は三日だった。「なんか違う」。学校からの帰り道、唐突にそう言われフラれたらしい。女の気まぐれに怒りが頂点に達した私を、洸太郎が羽交い締めにして止めたことはいい思い出である。


「大体な、オメーは男の前でネコ被りすぎなんだよ。だから後でボロが出るんだろ」
「だって!なんか、いざ男の人を前にすると緊張するんだもん……。洸太郎こそ!いつもいつも見る目なさすぎるんだよね。気になる子がいたら私が調査してあげるって言ってるじゃん」
「なんでオメーを通さなきゃならねぇんだよ!」
「洸太郎に合う子か見極めてあげるって言ってんの。同性に好かれる子が結局いい子なんだよ!」
「おっし!じゃあ今度からオメーも好きな奴できたら俺に会わせろ」
「それはやだ」
「なんでだよ!」
「お待たせしましたー」


店員さんが追加のビールを持ってきたことにより、私たちの声はぷつんと途切れた。ふたり揃って、黄色い液体をごくんと飲み下す。頭が相変わらずふわふわ浮いてるみたいな感覚のなか、ちょっと落ち着いてきたかな、なんて人ごとのように自身を眺める。ジョッキを置き、一緒に運ばれてきた枝豆をむんずと一掴み。そのまま自分の取り皿にばらばらと落とす。


「私は主張が強いんだって」


テーブルにこぼれ落ちた枝豆をぼーっと眺める。なんとなく、洸太郎の視線だけがこっちに流れてるのを感じる。


「男が言うことにへらへら笑いながら頷いときゃいいんだと」


最後のほうは不本意ながらかすれ声になってしまった。枝豆が二重、三重にぼやけていく。


「いいんじゃねぇの、早い段階でクズだとわかったんだからよ」


洸太郎は呟きながら、テーブルにこぼれ落ちた枝豆たちを一個一個つまんで小皿に入れてくれた。


「そんな奴とすぐ別れられてよかったよかった」
「うん、よかった……」


ぶっきらぼうだけど優しい声音が、ぽっかりあいたところに静かにしみこんでゆく。洸太郎は枝豆を集め終わると、私の近くに小皿を置いてくれた。


「……ありがとう」
「これくらいで礼言うとか、今日はどうしたんですかー、名前ちゃーん」
「う、うるさい!ほら、残りのも寄越しなさい!」
「はぁ?!もう半分以上持っていってんだろうが!そもそも俺が注文したんだよ!」
「ケチな男はモテないぞ!」
「こんなんでグチグチ言う女、こっちからお断りだわ!」


枝豆のお皿が二人の間をあっち行き、こっち行き。そうやって三往復くらい繰り返して私が引き寄せたとき、洸太郎のビールジョッキにぶつかって派手に中身がこぼれ出てしまった。


「あー」
「なにやってんだ、ったく……かかってねぇか」
「大丈夫!ごめん!」
「思ってねぇだろ」
「ビールくんに対しては思ってる」


びしっと軽めのチョップが飛んできて、なんでだかよくわからないけど笑いが止まらなくなった。洸太郎は「酔っ払い怖……」と割と本気で引いていて、なぜかそんなこともツボにハマってしまって、私はしばらく笑い転げた。ああ、洸太郎といるとなんでこんなに楽しいんだろう。楽しいからなんでもかんでも喋ってしまって、でもちゃんと聞いてくれて。なんで世の女の子たちはみんな、彼のよさがわからないのだろう。


「早く素敵な女の子が現れたらいいね」
「ケンカ売ってんのか」


違うよ、きみの幸せを私は心から願ってるんだよ……最後の方は自分でも何を言っているのかわからなくて、ほにゃほにゃと謎の言語が耳をかすめていった。


「お前もな」


視界が暗くなっていく。意識を手放す直前、つぶやきと大きなため息を聞いた気がした。








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