秒読みティータイム




正面に座った先輩はゆっくりとティーカップを傾けた。それだけで、見慣れたラウンジの景色が鮮やかに見える。空いている時間とはいえ周囲には人がみえるのに、話し声や物音は耳を素通りしていく。俺の前にも同じデザインのティーカップがあるはずなのに、先輩が持つとまったく別物に見えてくるんだから不思議だ。ああ、好きだな……。彼女の所作に見惚れながら、ため息をもらした。


「辻くん、今日はどうしたの?話があるなんてあらたまって」
「あ……ええっと」


急に先輩の視線がこちらに移り、さらには用件まで聞かれ、心臓が暴れだす。左の席に置いた紙袋―――先輩への誕生日プレゼントを横目にとらえ、ふぅ、と細く息を吐き出した。『誕生日、おめでとうございます』。先日から何度もひゃみさんと練習した。大丈夫だ、言える。そしてご飯に誘うんだ。言うんだ、俺。


「お、お誕生日……おめでとうございます」
「ありがとう!知っててくれたんだ」


言った。まずは第一関門クリア。
先輩はカップを置くとにっこり笑った。その笑顔のまぶしさに堪えながら、俺は紙袋を先輩の目の前に差し出した。


「これ、あの、よかったら」
「えーっ、嬉しい!ここの紅茶、大好きなんだよね。お店まで行って買ってきてくれたの?」
「は、はい」


一週間前、ひゃみさんと店に行き、あれこれ悩んだ末に決めたギフトセットだった。紅茶の知識がゼロの俺に、店員さんは丁寧に説明してくれた。ひゃみさんを介しての会話だというのに変な顔をせず対応してくれたのも嬉しかった。さすが先輩の好きな店だ、と俺までファンになってしまったのだった。
そっか、と先輩は目を細めてこちらを見つめる。堪えきれず紅茶を飲んでごまかそうとティーカップを持ち上げる。しかしカップの中身はもう空だった。このままだと先輩との時間が終わってしまう。何か甘い物でも買ってこようか。いや、このタイミングは不自然すぎるか。


「ねぇ」


先輩は体を前に乗り出した。口をもごもごと、何か言いたそうに動かしている。


「お話って、誕生日のこと?」


それだけじゃないんです、このあとご飯に一緒に行きませんかと誘いたいんです。しかしさっきみたいにスッと言葉が出てきてくれない。答えに窮していると、「私ね」と先輩は声を落とした。


「告白されるのかと思っちゃった」
「……え」


数秒、沈黙。先輩はごまかすようにひと笑いした。俺の妄想も来るところまで来たかと思いかけたが、みるみる赤くなっていく彼女の顔がこれは夢ではないと物語っている。こんなこと、あっていいのか。頭の中がふわふわと甘い何かに侵食されてゆく。ごくりと思わずのどが鳴る。


「……して、いいんですか」
「紅茶も嬉しいんだけど、それが一番ほしい、かな」
「すき、です」
「私も……好きだよ」


先輩の言葉が反響する。はにかむ顔があまりにも可愛らしくてくらくらする。そう思った時には、床に倒れ込んでいた。俺の名前を呼ぶ先輩の顔を眺める。謝ると「びっくりしたよ、急にどうしたの」と先輩は息を吐き出した。呆れきったその声にさえも思考を溶かされていくのだから、自分の重症ぶりにもう笑うしかなかった。








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