もつれた糸がほどけません





「一生のお願い」。まさか大人になってからこの台詞を口にすることになるとは思わなかった。それほど、いまの私は追い込まれている。


「匡貴、一生のお願い。私を抱いてください」
「何を言っている?」


ですよね。そうなりますよね。急に作戦室飛び込んできて何言ってるんだってなりますよね。そろりと片目を開けると、これでもかと眉根を寄せた幼なじみがこちらを睨めつけていた。慌ててもう一度目をつぶる。頭上から大きなため息が聞こえてきた。顔が上げられない。私の方が年上なのに、この態度を見せられるといつも縮こまってしまう。ハタチの男がまとう空気ではないのだ。でも、今回だけは負けてはいけない。拳にぐっと力を入れ、こちこちに固まった体をなんとか起こす。


「いきなりごめん。こんなこと頼めるの、匡貴しかいなくて」
「そういうことを聞いているんじゃない」


事情を話せ。彼の瞳が私を詰問する。できれば言いたくなかったが、匡貴は許してくれなさそうだ。そもそも私が持ち出した話題、逃げるという選択肢などない。


「彼氏が、面倒だって」


先日の飲みの席の光景を頭のすみっこからずるずると引っ張り出す。少し離れた席に座っていた彼は遠くから見てもわかるほど酔っていた。だんだん声や態度が大きくなっていく様子を横目で見ながらも、私は止めに入ることができなかった。どんどん別人のように豹変していく彼が怖かった。いつも私のことを気にかけてくれる、あの姿はどこに行ってしまったのか。彼は誰かの発言を受けて大きな口で笑いながら言ったのだった。


「処女は、面倒だって。だから」
「わかった」


抱いていただきたいと、お願いしたくて。そう続けようとする私を匡貴は遮った。思わぬ返答に弾かれたように顔を見上げる。しかし出かかった喜びの声はひゅっと喉奥に引っ込んでしまった。先ほどよりさらに鋭くなった目が私を見ている。これは、怒っている。子どもの頃から彼を何度となく怒らせてきたが、今回は過去最高かもしれない。当然だ、今まで匡貴の優しさに散々甘えてきて、こんなお願いまでしているのだから。匡貴なら受け入れてくれる、と自分の都合ばかり押し付けてきた。最低だ、私。


「そいつと別れて、俺と付き合えばいい」
「……え?」


どう謝ればいいか答えが出ず黙り込んだ私の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。


「そういうことは恋人同士でないとできないだろう」


そしてさも当然、という顔をこちらへ向ける。私はといえば、思ってもみない発言にすっかりフリーズしてしまっていた。


「えっと、匡貴はつまり……私のことが好きなの……?」


匡貴は問いには答えず、一歩近づいた。私は一歩下がる。また匡貴が一歩近づく。壁に背中がぶつかり、どんっと大きな音を立てた。逆光で匡貴の顔は見えず、体は壁に縫いとめられたように動かない。


「別れたらもう一度来い。ここで待っている」


二宮隊作戦室の扉が閉まる。いつの間にか私は作戦室から追い出されていた。蛍光灯の光を顔に受け、力がゆるゆる抜けていく。脚の感覚が消えたと思ったら、ぺたんと廊下に座り込んでしまっていた。
扉が閉まる直前の、あの自信ありげな顔。調子に乗るなと作戦室に駆け込んでやりたいのに、私の脚は言うことを聞いてくれそうにない。








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