この恋、遅効性





ちょうど三年前、中学卒業間近。私は三雲修に告白しあっけなく玉砕した。二言、三言話したことがあるくらいのただのクラスメイトの告白に三雲くんは顔を真っ赤にしてくれたけれど、すぐにいつもの真面目な様子に戻った。


「ごめん。今は他に集中したいことがあるんだ」


わかった、と私は頷いた。あの頃は素直な女の子だった。彼が頑張りたいことは応援したい。純粋にそう思った。そしてこうも思った。三雲くんの隣で応援したい。純粋で欲張りな私は一つの提案を持ちかけた。


「じゃあ、友達になってくれる?三雲くんの進学先、三門第一だったよね?私もなの」


言ったあと少し後悔した。親しくないクラスメイトが自分の進学先を把握しているなんて気持ち悪くないか?手のひらに汗がじわじわ滲みだす。しかし三雲くんは気にした素振りもなく、それどころか頷いてくれた。私はただただ拒絶されなかったことが嬉しくて、飛び跳ねたい気持ちを抑えながら「ありがとう。改めてよろしくね」と右手を差し出した。微笑むよう努めたが多分にやけ顔になっていたと思う。

こんな失恋話を思い返しているのは、きれいな思い出に浸りたいからではない。結論から言うと、私はもう三雲修との縁を切りたい。高校生になりクラスは離れたが、廊下ですれ違う時は挨拶をしてくれて、律儀に友達として接してくれることに最初は感動した。でも三雲くんからのアクションはそれだけだった。見かけたら駆け寄るのも、遊びに誘うのもいつも私から。断られることがなかったのが逆に心を抉った。この人はあの時の私のお願いを守ってくれてるだけなのではないか。
三雲くんと友達になるなんてやめておけばよかった。そうすれば、こんなみじめな思いを三年間抱えることもなかったのだ。あそこできっぱり彼のことは忘れて、新しい恋をして、華々しい高校生活を送ればよかった。
だから、空閑くんの誘いに咄嗟に反応ができなかった。


「名字さん、今から玉狛支部に来ないか?」
「……えっと」


本部の廊下。任務が終わりぼーっと出入口へ歩いていた私の前に、空閑くんは立ち塞がった。


「栞ちゃんがホワイトデー用にケーキを作ったんだけど、余ってるらしいんだ」


彼は私の沈黙を、玉狛支部へ誘う目的がわからないからだと察してくれたらしい。それもあるけど、玉狛支部ということは三雲くんもいるのでは、と思ったからだった。
ばたばたと背後から足音が近づいてくる。もしやと思って振り返ると、やはり三雲くんだった。


「空閑!本当に言うやつがあるか……名字さん、困ってるだろ」
「こうでもしないとお前むぐぐ」
「いいからもう喋るな!!」


空閑くんは口を押さえつけられてもまだ喋っているが、もごもごという音に変わってしまって何を言っているかまったくわからない。三雲くんは立ちつくす私に向かって「ごめん」と謝った。


「いいよ」
「ありがとう。邪魔して悪かった」


どうやら謝罪に対する返事だと思われたらしい。タイミングが悪かった。空閑くんを引きずりながら踵を返そうとするので、私は思わず腕を掴んだ。


「玉狛にこれから行けますよってこと」
「……予定とか大丈夫なのか?」
「六時くらいまでなら。ケーキ、好きだし」


後半を若干強めに言いながら三雲くんを見上げる。すると強ばっていた三雲くんの表情が空気が抜けるようにやわらかくなった。


「それなら……よかった」


少し綻んだ口元に、心臓が音をたてる。私は咳払いをすると深く頷いてみせた。宇佐美先輩のケーキ、楽しみだ。呪文のように頭の中で唱えながら、三雲くん、空閑くんとともに玉狛支部へと向かった。



宇佐美先輩の作ったケーキは評判通りとてもおいしかった。シンプルなイチゴのショートケーキ。飾りの絞り出しクリームはきれいにツノが立っていて、きめ細かいスポンジは口当たりがよい。あまりの完成度の高さにため息が出た。昨年のバレンタインに作ったチョコレートケーキを思い出した。何度やっても生地が膨らまず、結局前の年と同じトリュフを作ったのだった。今年はもう作らなかったから楽だったけど。よく毎年あんなに頑張っていたなと思う。


「今度一緒に作ろうよ!」


レシピを聞いた私に宇佐美先輩はにこりと微笑んだ。とても嬉しいお誘いに頷きそうになったが、心の中で頭を振る。玉狛支部に来るということは、高校を卒業したあともボーダー以外で三雲くんに会ってしまう。


「じゃあ味見係はオサムに任せるか」
「えっ」


私と三雲くんの声が重なる。空閑くんはそんな私たちに見守るような優しい目を向けた。口元はにやけているが。


「そこは空閑くんも参加してよ」
「おれはコーハイの指導があるから無理だな」


なんとか抗ってみたがスパッと切り捨てられた。じとりと軽く睨んでみるも空閑くんはどこ吹く風といった感じだ。さっきから、なぜ彼はこんなにも楽しそうなのだろう。
遠くから「ゆうやけこやけ」のメロディーが聞こえてきた。六時だ。そろそろ帰らなければ。残りの紅茶をぐっと飲み干し、席を立つ。


「今日はありがとうございました。ご馳走様でした」
「もう暗いし気をつけてね」
「大丈夫だよ、栞ちゃん。オサムが送っていくから」
「空閑?!」


空閑くんは三雲くんの背中を叩いて私の前に押し出した。三雲くんがなんとか足を踏ん張ってくれたおかげでぶつかることはなかったが、彼のきれいな顔が目の前に迫った途端、動けなくなってしまった。そんな私を見て空閑くんはまたもや満足そうな笑みを浮かべる。次会った時覚えてなよ、と視線に恨み言を乗せてみたが、手を振り返されるだけだった。


そのまま何分歩いただろう。河原を左手に私たちは帰り道を辿っていた。会話はなかった。土手から見る空はとても広い。気まずさを紛らわせるために私はひたすら一番星を眺めていた。


「名字さん」


三雲くんは立ち止まり、固い表情でこちらを見ていた。私の目の前に小さな紙袋が差し出された。馴染み深い紙袋にはっとする。私の大好きな洋菓子屋さんの店名が印字されていた。


「これは……」
「ええっと、ホワイトデーのお菓子、です」


もう一度首を傾げるとその意味を三雲くんは察してくれたようで、気まずそうに少し視線を逸らした。


「名字さんからバレンタインチョコを貰ってないのに、変だよな……でも、どうしても渡したくて」


そう、私は今年、彼にチョコなんて渡していない。どうにも要領を得なくて黙ったままでいると、三雲くんはすぅっと息を吸い込んだ。


「好きです」


風が吹いて、さらさらと雑草がこすれあう音がした。なんだろう、この気持ちは。


「一発殴っていい?」
「なんでだ?!」


我先に、と体の中で色んな言葉たちが飛び出す準備をしていた中、一番を勝ち取ったのは物騒なワードだった。私は三雲くんに一歩近づき、先ほどの彼に負けないくらい息を肺に入れ込んだ。


「いや、なに?!なんでこのタイミング?!この三年間、私になんか興味ありませんみたいな顔して」


私は忘れようとしてるのに。あなたは私のことなんか興味無いと思ってたのに。もうこれっきりだと言い聞かせながら毎日を過ごしていたのに。なのになんでいまさら。
言いたいことはお腹からどんどん湧いてくるのに喉を飛び出してくれない。変わりに目が熱くなってきて、だめだと思った時にはもうボロボロと涙がこぼれ出ていた。黙ったまま泣き出す私を前に三雲くんは見るからに慌て始めた。一生懸命言葉を探しているのが顔を見たらわかる。


「自分の気持ちがわからなかったんだ。卒業したら名字さんとボーダー以外の繋がりがなくなるんだと思って、そこでようやく気づいた」


三雲くんは言葉を区切ると一層強く私の目を見つめた。彼の目はいま、私だけを映している。散らかっていた感情たちが集まって、すとんと一つの言葉になる。私は三雲くんが好きだ。悔しい。諦めるなんて無理な話だったのだ。


「これからも名字さんと一緒に過ごしたいです」
「もっと早く言ってよバカ」


ギョッとした三雲くんに思わず笑ってしまう。断られると勘違いしてる顔だ。またもや言うタイミングがズレてしまった私のせいではあるけど、これくらいは許してほしい。じゃないと、三年間振り回された私の気持ちが浮かばれない!


「私も三雲くんのことが好き。だから」


三雲くんの肩に一発拳をぶつける。まだまだこんなものじゃ足りない。


「一緒にいろんな場所行きたいし」


二発。


「お揃いのものとか買ってみたいし」


三発。


「恋人らしいことたくさんしたい」


最後にもう一発、弱々しいパンチをお見舞いする。三雲くんは黙って全部受け止めてくれた。


「待たせてごめん。名字さんのやりたいこと、もっと聞かせてほしい。だから、明日もし時間があれば」
「いいに決まってるでしょバカ!!」


河原に私の絶叫が響きわたる。彼は眉を下げて笑った。話の続きはまた明日。三年間のあなたの想い、全部吐き出させてあげる。私のこれまでの気持ちも全部聞かせてあげる。
三雲くんの手から紙袋を受け取る。少し触れた彼の意外に男っぽい手に、心臓が高鳴る。思い切ってそのまま手を握ってみると情けない声が聞こえてきた。その反応がなんだか嬉しくて、握る手にもう一度力をこめた。









タイトルはフォロワーさんが考えてくださりました。ありがとうございます!




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