うるはしきひと



その洋菓子店の前で脚が止まったのは偶然ではなかった。甘い匂いが鼻を掠める。一週間前、名前とここを通った時にもこの匂いにつられた。「こんなところにケーキ屋さんがあったんだね」と嬉しそうに駆け寄る名前の姿が思い起こされた。
ガラス越しに覗くと、こじんまりした店内に色とりどりのフルーツや女子が喜びそうなラッピングが施された焼菓子が並んでいた。ある種の迫力があり、男のオレが入るにはかなり勇気がいる雰囲気だ。
名前はショーケースのケーキを指さしながらおいしそうだと呟いていたが、一体どれのことだったのだろうか。特に聞き返しもしなかったから見当もつかなかった。こういうところが駄目なんだろうなと自嘲する。眉を吊り上げ無言で玄関扉を閉めた、今朝の名前の後ろ姿がよぎった。
ふと顔を上げると、店員の女性と目が合ってしまった。瞬時に浮かぶ営業スマイルに気圧される。観念したオレはぎこちない足取りでドアへと向かった。



ただいまと恐る恐る声を掛けてみるとひょこっと名前が顔を出した。おかえり、と小さな声が出迎えてくれて、肩からすうっと力が抜けた。


「今朝は悪かった。言いすぎた」
「私も、ごめん」


謝罪の言葉は思ったよりスムーズに口から出た。唐突に差し出された箱とオレの顔を、名前は不思議そうに交互に見た。


「この前見てた洋菓子屋のケーキ。ただどれがいいかわからなくて、勧められたものを買ってきて……好きなものじゃなかったら悪い」
「覚えててくれてありがとう。食べてみたいと思ってたんだ」


その言葉にほっと胸を撫で下ろした。安心が顔に出ていたようで「麓郎はわかりやすいなぁ」と小突かれてしまった。


「ご飯食べ終わったら一緒に食べようね」
「そうだな」


冷蔵庫にケーキをしまう。パタン、と軽い音を立てながら扉が閉まると、それが合図だったかのように名前は最近運行を始めたキャラクターのラッピング電車の話を始めた。相変わらずの切替の早さに苦笑しながら、オレは相づちを打った。







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