諏訪洸太郎 湯気たちのぼる





かちゃかちゃとなにかがぶつかり合う音で目が覚めた。頭上に手を伸ばし、スマホのホームボタンを押す。九時。ぼんやりする頭を画面の光がクリアにしてくれたころ、先ほどの音の正体が食器同士がぶつかるものだと気づいた。隣を見ると掛布団が乱雑に放り出されている。こき使われて最悪だなんだと昨夜は疲労感を露わにしていたが、いつも通りきっちり起きれてしまうんだから、洸太郎はすごい。


「おはよう」
「はよ」


リビングに入るとコーヒーのいい香りがした。洸太郎は椅子に座って小説を読んでいた。テーブルの隅に空のお皿が置かれている。もう朝ごはんを食べ終わったらしい。


「それ、私がこの前すすめた本?」
「おう」


洸太郎はページに目を落とした。どのシーンを読んでいるか確認しようと後ろからがばっと抱きついて覗き込む。シリーズ一作目、一章の中盤あたりだった。


「重ぇ!」
「羽根のように軽いでしょうが!」


まだセットされていない、さらさらの金髪頭を軽くはたいてやる。手首を掴まれたかと思ったら、軽くつねられてしまった。お返しに髪をぐしゃぐしゃとかきまぜてやると、洸太郎は諦めたのかされるがままで、そのまま文章を読み続けている。


「日常系ミステリーもいいもんでしょ」
「そうだな。これ面白いわ」


そう言いながらページをめくる。その様子を見ていたら私も何か読みたくなってきて、本棚の前に立った。両開きの扉付きの、洸太郎よりちょっと背の高い本棚。一緒に住むことを決めたあと、私たちが一番に相談したのは本棚のことだった。本に埋もれる、という程ではないけれど、二人ともそこそこの冊数を所持していたのはお互い知っていた。二人の本が全部入る本棚を買ったら部屋を圧迫してしまう。結局、相手に勧めたいものと絶対手元に置いておきたいものを厳選することになった。それでも冊数は百をゆうに超えている。
ずらっと整列する文庫本の中から一冊を選ぶ。ページをめくる手が止まらない、と以前洸太郎が勧めてくれた推理小説だ。


「オメー、それ読むのか?」
「うん」
「結構ほの暗いぞ」


朝からそんな話を読んで気分が落ちてしまうのでは、と心配してくれているらしい。しかし否定はせず、選択の余地をこちらに残してくれる。そういうところが好きだ。


「そう?じゃあこれは?」
「バディもの」
「おっ。これにしよ」


テーブルに戻るとお気に入りのマグカップにコーヒーが注がれていた。お皿に被せられたラップを取りながらお礼を言うと洸太郎は顔をあげずに「おう」と短く答えた。お皿に載っていたのはサンドイッチだった。キャロットラペのオレンジ色にお腹が反応する。三日前に私が作って、中途半端に余っていたキャロットラペ。普段は雑なくせに、こういうことには気づいてくれる。手を合わせてひと口かじると、キャロットラペとは別にしょっぱい味が広がった。ハムが入っていたらしい。感想を伝えようと洸太郎のほうに顔を向けると、目前に手が伸びてきていた。その手がぐしゃぐしゃと乱暴に私の前髪をとかしていく。


「前髪全部上がってんぞ。どんな寝方してんだよ」
「洸太郎こそ髪の毛ぐっちゃぐちゃだけど」
「オメーがやったんだろうが!」


マグカップを両手で持ち、ふぅふぅ息を吹きかける。ゆらりと揺れる湯気越しに、洸太郎の呆れ顔が見えた。


「淹れたばっかなんだからもうちょい待っとけ」
「冷ますのが目的じゃないの。湯気を感じたいの」
「なんだそりゃ」


洸太郎がふ、と息をもらす。唇にあたたかい湯気を感じながら、正面に座る洸太郎をぼうっと観察する。それがどうしようもなく幸せなんだって言ったら、あなたはどんな顔をするだろう。








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