生駒達人のとなりは楽しい





「パンケーキ、食べてみたい」


デート開始直後、生駒達人は急に立ち止まってそう訴えた。突然どうしたのか問うと、「俺が一人でパンケーキ食べてみ。どう見ても絵面的にあかんやろ」とのこと。別に「あかんこと」はないけど。そう伝えると、彼は静かに天を仰ぎながら私に向かって拝んだ。
幸運なことに、このショッピングモールにはパンケーキ屋さんが一店舗入っていた。木目調のテーブルとイスに、真っ白の壁。ところどころに置かれた観葉植物やかわいらしい小物たち。それらを背景に背負う達人くんは、失礼ながら浮いていた。まあ、これで似合ってしまったら女子である私の立つ瀬がないので内心ほっとしている。


「来ないねぇ」
「こぉへんな」


注文して三十分は経っていた。時間がかかることを事前に説明されたが、さすがに待つのにも飽きてきた。ため息をつきながら頬杖をつき、真上にぶら下がる照明を見上げる。瓶の中に入れられた電球がガラスを通してきらきらと光を放っている。きれい。こんな気づかれそうにもないような所にも気を遣っているのだな、と感心した。


「いま追いかけっこの最中なんちゃう?」
「え?」


照明から達人くんに視線を移す。何の冗談かと思ったが、彼はいたって真剣な顔をしていた。


「知らんの、名前ちゃん。パンケーキってな、人間に食べられたくないから、フライパンから起き上がって逃げるんやで。焼きあがった瞬間に人間とパンケーキの戦いの火蓋が切って落とされるんや……」
「何の話?」
「さっき、慌てた感じで外に出ていった店員さんおったやろ」
「いたね」
「あれがそうや。パンケーキ追いかけていったんやわ」
「そうなの?」
「いま近所の公園におる」
「見えるの?」
「すべり台の周り、ぐるぐる回ってはるわ」
「パンケーキのほうが小さいから小回りききそうだね」
「そうやな。あっ、店員さん一人増えたわ。挟み撃ち作戦やな。店員さんその二にパンケーキは気づいてへん。これはいけるんちゃうか」
「私たちのパンケーキにそんなに人員割いて大丈夫なの?」
「しゃあない。お客さんにパンケーキを提供できひんからな。おっ、背後から捕まえたで!挟み撃ち作戦、成功や」
「やった、大勝利!」


ぱんっと乾いた音が店内に響く。どちらからともなく、私と達人くんはハイタッチを交わしていた。同時にテーブル横がかげる。見上げると店員さんが立っていた。


「大変お待たせしました!季節のフルーツパンケーキです」


注文したパンケーキがテーブルの真ん中に置かれる。店員さんが立ち去ると、私はもう我慢ならなくて、声をあげて笑いだしてしまった。


「ねぇ、こんなタイミングある?」
「俺らのハイタッチちゃう?店員さんを公園からワープさせることができたんかもしれん……愛の力やな」
「達人くんから私への?」
「もちろんそれはあるけど、名前ちゃんから俺への愛はないん?」
「あってほしい?」
「あってほしい。何でも買ったるから」
「必死か」


取り皿にパンケーキとフルーツをバランスよく取り分け、手を合わせる。


「いただきます」


なんか緊張するわ、と言いながらナイフとフォークをたどたどしく動かす達人くん。ぱくりと大きな一口のあとグッと親指を立てる彼を見て、私はまた笑ってしまうのだった。







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