諏訪洸太郎 デート!




自分より背の高い本棚を上から下まで眺める。視界いっぱいに広がる、本。ミステリ、時代小説、海外小説、漫画……これだけジャンルと冊数を揃えている部屋はボーダー本部内において他にないだろう。ここは諏訪隊作戦室。好きな時に来て好きなだけいたらいい、という諏訪隊の皆さんのご好意に甘え、一ヶ月程前から通わせていただいている。時間をたっぷりかけて二、三冊選ぶ。読んだことのないタイトルばかりが揃っているから迷ってしまうのと、そして。


「諏訪くん、今日はこの二冊を借りていい?」
「おー、いいぜ」


諏訪洸太郎くんがいるから。
ソファで寛いでいた諏訪くんは、私が両手にそれぞれ持った本を一瞥し頷いた。今日も彼は文庫本を読んでいる。諏訪くんとの共通点は、同い年という点を除けば本好きであることぐらいだ。積極的に話しかける勇気のない私は必死にこの共通項にすがりついている。二、三冊しか借りていかないのも、読み尽くしてしまうのを防ぐためだった。少しでも長くここに通って諏訪くんとおしゃべりがしたい。お礼を言い、作戦室の扉へと向かいかけると堤くんに呼び止められた。


「名字さん、いいこと教えてあげましょうか」
「なに?」
「諏訪さん、今日誕生日なんですよ」
「えっ、そうなの?!諏訪くん、お誕生日おめでとう!」
「おー。ありがとな」


諏訪くんは手元の本から目を離さないまま、片手を上げて応えてくれた。たぶん、照れている。そんなところもかわいいと思ってしまうから、かなり重症だ。諏訪くんの誕生日をお祝いすることができた嬉しさで気分が高揚し、頭の中にちょっとよくばりな案が浮かぶ。迷ったが、勢いで口に出してみることにした。


「何かほしいものある?」
「いや、気にすんな」
「遠慮しなくていいよ。同い年のよしみだし……」


と、私はそれらしい理由を並べてみた。しかし諏訪くんが悩んでいる様子だったので、すぐに自分の発言を後悔した。最近話すようになったばかりなのに、こんなにぐいぐい来られるのは迷惑だったかもしれない。


「じゃあ、何か思いついたら言ってね」


私は逃げるように諏訪隊作戦室を後にした。
しばらく歩いたところで自然と足が止まった。眉根を寄せる諏訪くんの顔が、まだ頭から離れない。困らせてしまったのではないか。変な子だと思われなかっただろうか。借りた本をぎゅっと抱きしめる。


「名字」


突然背後から聞こえた声に驚き、体が跳ねた。振り返ると諏訪くんが立っていた。


「この後、時間あるか」
「うん、もう帰るだけだよ」
「その、なんだ……この後、本屋行かねぇか」
「え?」
「お前んとこの作戦室で待ってろ。すぐ行く」
「え?」


諏訪くんは足早に作戦室へと戻っていってしまった。


「……え?」


諏訪くんが消えていった曲がり角を呆然と見つめる。この後、本屋行かねぇか。本屋。行く。誰が。諏訪くんと私。


「ええ?!」


換装前の私服を思い出す。お気に入りのスカートをはいてこればよかった。作戦室に戻ったら鏡で髪をチェックして……ああ、化粧直しなんて普段しないからポーチを持ってきていなかった。そうだ、口紅。鞄のポケットに入っていたはずだ。焦りと喜びがないまぜになったぐちゃぐちゃの感情を抱えながら、私は作戦室へと走った。


***


「何かほしいものある?」


惚れた女にこんなことを言われて平静でいられる野郎なんてこの世に存在しないだろう。その台詞、俺以外に絶対言うんじゃねぇぞ。しかしただの男友達という立ち位置の俺にそんなことを言う資格はない。だから素直に名字の言葉に甘えることにした。三門市内で一番大きな本屋に到着し、ここへ来た目的を名字に伝える。


「お前のおすすめの本、教えてくれ」
「私、諏訪くんより推理小説読んでる自信ないんだけど……」
「ジャンルは何でもいい。お前の好きな本の話、聴きてぇから」


なぜこんなにも汗をかいているのか。背中に張りついたシャツにクーラーの風が当たるも、汗は一向に引かない。名字は思わぬ依頼に驚いたようだったが、「じゃあ、僭越ながら……」と楽しそうな顔になっていった。
文庫本コーナーに移動する。先ほどよりも名字の足どりが軽くなっているように見えた。棚の間を歩くその後ろ姿を眺めながら、本屋を選んで正解だったと自分を褒めた。名字の足が止まった。右の棚から一冊、左の棚から二冊抜き取ると、それらを俺の前に差し出した。


「初めて見るタイトルだな」
「よかった。軽く説明してもいい?」


頷くと、名字は一冊目のあらすじを語り始めた。話を聴きながら名字を盗み見る。いきいきと輝く目、上がった口角。おもちゃを与えられた子どものようだった。本部では見られない表情だ。たぶん、他の奴らは知らないだろう。
説明が終わり、名字の両手から本を取る。


「買ってくるわ」
「いいよ、プレゼントさせて」
「おすすめの本、教えてくれただろ。それで十分だ」


会計を済ませ、レジ近くで待っている名字のもとへ向かう。名字は新刊コーナーを眺めていた。普段の控えめな雰囲気からは想像できない、好奇心に満ちた目。こいつの頭の中は本に埋め尽くされている。隣に立っても気づく気配がない。俺になんぞ興味がない、と言われている気がした。出入口、信号を渡って向こう側に喫茶店が見えた。意を決し、名字に声をかけた。


「どっか入ろうぜ。お前の本談義、聴きたいからよ」


今日は誕生日だ。我を通したっていいだろう。あのゆるんだ顔をもっと見ていたい。本に頼るのはいささか癪だが、俺たちの唯一の共通点であるのだから仕方ない。俺があの表情を引き出せるようになるまで、もう少し利用させてくれ。







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