白のオアシス

太陽の下で緋乃斗は眠る。ぽかぽかとした木漏れ日の下、体を丸めて横たわり、枕元にはきっかりとセットしてある目覚まし時計を置いておいた。チクタクと鳴る時計の小さな音は耳に心地よく、緋乃斗にとっては子守歌と同じような物だった。
緋乃斗は時間と規則と約束だけは守る、その律義さが取り柄の一つであった。そうしておけば、こちらを睨みつける上官に無駄に怒られる回数は減る。胸元のポケットの手帳にはもうスペースがないくらいぎっちり予定が書いてあるし、時計も頭のところにある目覚まし時計以外にも腕時計と懐中時計を持っている。どれかが壊れても他ので確認できるようにしてある。万端すぎるほどの準備だ。
緋乃斗は怒られるのが嫌いだ。時折夜に行われるお仕置きという名の八つ当たりなんて死んでもいい、いっそ死にたいと思える。暗くて痛い、そればかりが頭の中にずっしりと残る。それが吐き気を催させる。そのせいで緋乃斗は夜も嫌いだ。だからこうして昼に眠る。夜に眠れば目を閉じると真っ暗だけど、昼に眠れば光が透けて真っ赤な中で眠れる。光が好きだ、あったかいし明るい。光を吸って育った芝生からはお日様の匂いがする。この幸せな感覚を糧にして、夜になったら部屋にランプを焚いて、昼間に干しておいた太陽の匂いがするお布団にくるまりながらお仕事をするのだ。
昼に寝て夜に仕事をする。それが緋乃斗の一日。
ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ
時計が鳴った。
パチリと目を開き、目覚まし時計を叩くようにして止める。
時刻はちょうど八つ時で、太陽の下少し汗をかいていた体は塩味の、そう、ちょうど煎餅のような味の物を求めた。だがその欲求に従って何かを食べに行くにはほんの少し時間が時間が足りなかった。
「三時十五分、緋乃斗は健康診断を受けねばならない」
頭の中に流れてきた予定を口に出して確認してから、緋乃斗は立ち上がって歩きだした。きびきびとした、まるで機械のような歩き方だ。
医務塔に入るとき、緋乃斗は過ぎるほどに緊張する。消毒液の匂いとうめき声が近くなるほどに心臓が跳ね上がった。子供のようで言うのもなんだが、緋乃斗は病院とか医務室といった類の場所が嫌いだ。心臓がぎゅっと引き絞られるような感じがする。だがそんなことで駄々をこねられるほど、実際の緋乃斗は子供じゃない。一つの部屋、書けられている名前のプレートを二回三回と確認する。取り出した懐中時計がきっかり三時十五分を差した瞬間、緋乃斗はその扉を開いた。
「やぁ、緋乃斗。体の調子はいいかい」
入った瞬間に声がかけられる。
「はい先生。緋乃斗は元気です」
人の良さそうな、髭を蓄えた老人。この人が緋乃斗の先生だ。もし緋乃斗に何かあった場合、この人に連絡が行くことになっている。
「嘘は感心せんな。この前倒れたらしいじゃないか、それでここにも来ない」
先生は緋乃斗の体のことになるとすごくうるさい。かすり傷一つで大慌てするし、切り傷を作ると包帯でぐるぐる巻きにされる。少し頭痛がすると言えば問答無用で入院だ。過保護がすぎる。
「ただの寝不足です先生。緋乃斗は」
「まぁよいよい。一応診察だけはしておこうと思っての」
わしわしと頭を撫でられて、緋乃斗は何も言えなくなってしまう。手に持った帽子をついついぎゅっと握り、いくつものしわを作ってしまった。どうしたのかといえばくすぐったいのだ。先生のかけてくる言葉や動作のすべてが。
そんな緋乃斗を気にもせずさらさらとカルテに何か書き込んで、先生は聴診器を取り出す。
「終わったらおやつでも食おうかの。煎餅くらいしかないが」
「先生、先生はテレパシーでも使えるのですか」
仕事はおもしろくない、職場は怖い、同僚も怖い。正直恵まれているとは思えない環境だと思う。それでも、こんなところでももう少し頑張ろうと思える程度には、緋乃斗はこの人のことが好きなのだ。


「白のオアシス」

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