娼婦は処女の皮を剥ぐ

くちゃくちゃと響く水音の恥ずかしいこと。
ぎしりと鳴る縄の音の浅ましいこと。
自らの口から飛び出す喘ぎの無様なこと。
濃密な空気の中、素肌に汗の粒だけを纏いながら、加々見はふるりと身体を震わせた。布でふさがれた目では何も見えない、周りの状況はなんとか自由である耳を使って察する他ない。だがしかし聞こえてくる音はなんだ、自分を辱めるそれだ。考えるまでもなく、触れられている加々見本人には分かっていた。本来ならばあり得ない、体内をかき回されて喜ぶ音、その歓喜に連動して跳ねる自分の腕に回された縄、奴隷のようにあらがうことなく娼婦のようにはしたない声を吐き出す自らの声帯。これを淫売と称さないというのなら、この世界は聖人君子に溢れていることだろう。罵られて当然なのだ、これを自らねだるこの男は。そこまで想像を巡らせて、加々見は熱い息を吐き出した。体中の筋肉がピンと張りつめる、それは、あらぬ所のものであっても等しい。自分の体内にあるものをきゅっと締め付け、加々見はまた頭の中の娼婦の顔を声だけで青ざめさせた。一度漏れ出すとそれはしばらく止まらない。あ、あ、とひっきりなしに甘ったるい声が漏れる。
「可愛い、加々見さん……そんなに俺の指気持ちいいですか?」
胸元からそんな声が聞こえてきて、加々見はがくがくと首を取れるのではと思うほどに縦に振った。もう繕うほど冷静な頭は存在しない。声の主は小さく笑って、さらに言葉を続ける。
「でしょうね。ここ、三本もくわえてるのにまだ欲しそうにしてますもんね」
ここ、と言われたのは身体の奥の奥、本来は排泄のための場所。そこに男の指が、加々見もよく知る決して細いとは言い難い指が、三本。それを想像して、またずくんと体が疼く。
「あ、また締まった」
「ひあ、あああ、っ!」
締まったというそこから、半ば無理矢理にずるりと指が引き抜かれる。鮮烈な感覚に背をそらす加々見であるが、男から離れられたというわけではない。一つにまとめられた加々見の手、その腕の中に、男はするりと潜り込んでいた。離れるどころか男の頭を抱え込むようにして、加々見はなんとか背を立たせたまま持ちこたえた。だが身体のどこもかしこもが震えるのだ、抱えられた胴も、縛られた腕も、腕につながれて大きく開かされた足も。もし男の頭を抱え込んでいなかったらきっと見られていただろう、散々弄ばれてはしたなく開ききったしとどに塗れた蜜壷が。どこかすっとした感覚が加々見にそれを教え、また彼の熱を上げる。
「す、なみ、んあ、しゅずな、みぃ」
縛られた腕でも、塞がれた目でも、目の前にある頭を抱きしめることは出来る。男、寿々波の耳元と思われるところに声を流し込む。加々見は彼の余裕を壊したかった。もう、自分はこんな風になっているのに。そうした気持ちでいっぱいだった。
「も、なか、ほしい……がまん、や、やだ、」
声は震えきっていた。今まで与えられてきた快楽の余韻と、余韻がひくたびに訪れる疼き。その二つが加々見の体の芯を溶かして不安定にしていく。
代わりになる芯が欲しかった、溶けた分だけぽかりと開いた体の中心を、何かに埋めてほしかった。そしてその何かになれるのは目の前にいてくれるこの男だけである。
「いれ、て、おれんなか、いっぱいにして、すずなみぃ」
ゆらりと大きく腰が揺れる。舌を突き出しては寿々波の耳に差し込んだ。抱え込んだ指先はうなじにそっと一つ爪を立てる。
覚えている限りの手法を使って、男を誘う。
皆が憧れた軍人芦野紀加々見の姿は、そこに欠片も見えない。
そこにいるのはただの男だ、自分の大きすぎる欲に狂わされた、ただの男である。
「ほんと、エロい人」
ぴちゃりと小さな水音が聞こえてきた。それは寿々波が舌なめずりをした音であったが、加々見にそれがわかるわけもない。
それよりも加々見の気を引いたのは、自分の後膣にひたりとつけられた寿々波の熱の塊であった。
「ひ、っあ、ああ、あ」
ずるりと入ってきたその質量は大きいもので、小刻みに押し入ってくるそれに加々見はただ喘ぎを漏らした。二人の間に挟み込まれた加々見の熱からは白く濁った欲望が漏れ出しており、それを見て寿々波は笑う。
「ところてん、ってやつですか?可愛いなぁ」
「や、あああ、いわ、な、ひんぅ」
可愛いと言っておきながら、寿々波はその熱に触れようとはしない。ただひたすらに胎内を揺さぶり続ける。加々見の制止に耳を貸さず、背中に建てられた爪に意も介さず、ただひたすらガツガツと突き続ける。じんわりと寿々波の腰に快楽が上がってくる頃には加々見は制止の言葉すら出せなくなっていた。ただひたすら快楽に震え、意味のない喘ぎを漏らし続けるだけである。
「あー、あ、ひ、あ、あああ、あー、あーっ、」
それは最早獣に等しい。
そこまで成り下がった加々見を見ながら寿々波が覚えたのは確かな高揚であった。この加々見を見られるのは、間違いなく彼ただ一人である。寿々波の形に広がった加々見の浅ましい胎が、突かれるたびにそれを証明した。
ぐちゃぐちゃと鳴り続ける水音が、まるで祝福のように聞こえる。
「も、やぁ、いく、い、しゅ、なみ、も、らめ、ら、ひ、っちゃ」
がくがくと今までとは異なった大きな震えが皮膚から伝わってくる。もう限界だ、言葉でもそう訴えてくる加々見に、寿々波は目を細めた。
抱えきれない快楽を前に必死に絶頂をこらえるその姿。縛られて、目隠しをされて、口の端から唾液を垂らすその姿はどう見ても貞淑からは程遠い。それなのにすっかり蕩けたその頭の奥の奥、一番根元にあるものは酷く幼く純粋だ。気持ちよくなりたい、気持ちよくしたい、一緒に絶頂を迎えたい。
何度もその体を開き、その度に触れた、加々見の抱え込んだ願望。
それが見える度、寿々波の中に湧き上がるのはあたたかい感情であった。それがなんであるかは、彼には分りかねるものであるが。
「や、とま、って、やぁあ、ああ、あ」
「止まる必要なんてないですよ」
止めるどころか動きをさらに激しいものに変えながら、寿々波はなだめるように加々見に囁きかける。その流し込まれる吐息にすら感じるのだろう、きゅ、と加々見は寿々波を締め付ける。
「もう俺もいきますから。一緒に、ね」
一緒、その言葉が加々見には重要だ。こくこくと数度頷いてから、加々見は再び口を開き喘ぎを漏らし始めた。その声は少なからず寿々波を煽り立てる。それを知っているのだろう。
嫌らしいことこの上ない。
「す、なみ、すず、なみ、も、はやく、あ、んぁ、いかせて、はや、く、イって、なぁ、はやく」
孕ませてくれ
そこから寿々波には断片的な記憶しか残されてはいなかった。
甘い声と赤く染まった体、逸る己と濃くなる精の匂い、薄く笑った相手の顔とこぼれ出す白濁。
気づいた時には解放された加々見がベッドに横たわり、散々突かれた腹をゆっくりと撫でていた。荒い息はまだ収まっていない。ぼんやりとした目はどこか遠くを見ていた。
「かがみさん」
小さく呼ぶと、彼の目がこちらを向く。
薄く微笑んだ彼は先ほどの寿々波と同じくらいの声量で囁くように言ったのだ。
「きもちよかったか?」
そうして彼は再び寿々波に手を伸ばす。自由になった手を首に回し、回したその指で反対側にある耳を擽った。
「もういっかい、しよ」
ゆっくりと沈むように飛び込んでいたその体を抱えながら、寿々波はその断りようのない誘いに頷いた。

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