全てはあなたのためだけに

2016年いい夫婦の日記念です。
ドイツ語の台詞が多々出てきますが全てエキサイト翻訳に頼りました。
間違っていても軽く笑う程度で流していただければ幸いです。










いい夫婦の日、らしい。
それは昼休みの時間帯だった。すっかり馴染んでしまった小児病棟で、そこらのコンビニで買ってきた菓子パンを頬張りながらテレビで流れるワイドショーに目を向ける。
周りには遊び回って賑やかな男の子たちの声が響いているものの、早くも大人顔負けな発言をする女の子たちも存在する。そんな女の子たちはこの時間、ワイドショーを見ながらあれやこれやと言っているのが好きらしかった。この俳優は何だとか、このアイドルは何だとか、私も何度か映像とともに教えられたことがあるのだが結局のところちんぷんかんぷんであり、頭の中には欠片も残ってはいない。最後になると決まって「でもレネの方が格好いいー!」なんてお世辞を吐きながら抱きついてくる子の扱いの方がそのときの自分にとってはよっぽど大事だった。
その時間も仕事であるカウンセリングに勤しむ妻の顔が頭に浮かび、その顔に必死になって「浮気、違う」と謝ってる自分がいる。随分と尻に敷かれてしまっている物だ。
そんな女の子たちが今日騒いでいたのが「いい夫婦の日」である。1122、いいふーふのひ。
高々語呂合わせで作られた記念日がここまで浸透しているとは、やはり日本はすごい。
画面の中でアナウンサーが道行く主婦やサラリーマンを捕まえては「今日はどうなさるんですかー?」なんて愛想のいい笑顔を振りまきながら聞いて回っている。聞かれた方の反応はといえばたじたじだ。
若い者ならともかく、それなりに年を重ねた人には今日は普通の、ただの平日だ。予定なんて何もないのだろう。
「いい夫婦の日、かー」
「そういうのって新婚さんくらいだよね、やるの」
「らぶらぶーって?」
背後の声に思わず振り返ると、そこにはまだ中学生にも満たないような女児が3人。オレンジジュースを片手に頬杖をつきながら話すその姿はやけに貫禄があるように思える。
待ちなさい、まだ君たち小学生だろう。熟年夫婦の妻のほうみたいだぞ。もっと年相応に、らしくいなさい。
思わず苦笑いでお茶を濁しながら、テレビの方へと向き直る。テレビ画面では今夜に向けてのサプライズの話題。花束、ケーキ、アクセサリー。貢ぎ物が並ぶ並ぶ。
「Was werde ich tun (何かしようかな)」
きらきらとしたエフェクトで飾られた画面を見ているとふとそんな考えが浮かぶ。折角こうしたイベントがあるんだ、乗ってみるのも悪いことではないのだろう。
積極性に欠けお世辞にも明るくはなく、外国人らしくないと日本に来てからよく言われる自分だが、こうしたところは「らしい」のではないかと思う。
イベントごとは好きだ、はしゃぎたい。
「Kuchen,Teller,Gegenwart……(ケーキ、料理、プレゼント……)」
指折り必要な物を数えてみる。
幸いながら自分は昨夜からの勤務だ、もうすぐ仕事は終わる。
帰りにデパートでも寄って、それから家に帰って支度。可愛い奥さんの帰宅はいつも通り、私よりも何時間か遅いはず。十分間に合うだろう。
「Ja, wollen wir.(よし、やろう)」
算段はたった。あとは実行するのみである。
ぐしゃ、と食べきった菓子パンの袋をつぶしながら自分に活を入れる。肺にたまった息を吐く代わりに夜への期待で胸を膨らませるのであった。
「何何?」
「レネ、奥さんといい夫婦の日するの?」
「かわいーっ!」
「え、ちょっ!」
…………まずは、しがみついてる女の子を剥がしてから、ね。

*  *  *

「あらあらまぁまぁ」
私より三時間ほど遅れて帰宅を果たした可愛い奥さんは、帰宅早々にダイニングを覗いてこれまた可愛らしい声を上げた。
「Willkommen zuruck(おかえりなさい)彩音」
「ええ、ただいま。今日は豪勢ねぇ」
驚いちゃった。
そう言いながらも彼女は子供のように、並べられた皿の上からポテトサラダをつまみ食いする。
彼女の料理の腕からみて、自分が料理をするのはいつものことであったが、確かに今日はいつもよりも少し豪華にしたつもりであった。
ローストビーフにグラタン、ポテトサラダに魚介のマリネ。大皿と付け合わせ、それにとっておきのワインとグラス。所狭しと並べられたそれを見るのは心が躍る。
まるで一足早くクリスマスを迎えた気分だ。部屋に飾り付けはないけれど、照明の蝋燭くらいならある。
「今日はなんのお祝いかしら。クリスマスも誕生日もまだ先よ?」
外はもうすっかり寒い。
脱いだコートをラックに掛けながら彩音は問うた。
彼女も仕事でそれなりに忙しい身だ。気づいているのか、いないのか。それはどうでもいいくらいの些細なことである。
「いい夫婦の日、って。テレビで」
全ては自分の満足のためでしかないのだ。
冷えてしまっている彼女の頬を撫でながら、そっと柔らかい髪に指を通す。
「Meine hubsche Frau(私の可愛い奥さん)」
私はあなたのいい夫だろうか。たった一言報われたいだけなのだ。
ふにゃりと笑う頬に軽くキスをして、手を引くようにして椅子に座らせる。
まだまだデザートの仕込みは途中で、キッチンに向かいながら待っててね、と手を振った。
オーブンが動き出したらワインを開けて、私たちもお楽しみを始めよう。
料理の味にアルコール、すっかり酔ったあなたの顔が見てみたい。
もし眠くなってしまっても安心して、ベッドまで優しくエスコートしてあげる。
だってあなたに「いい夫」と思われたいから。
無粋な獣は嫌いでしょう?


「Alle nur fur Sie」


*  *  *
「可愛い人ね」
彼女の服の下でプレゼントのリボンが揺れた。

[ 7/16 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -