メティかきかけ

何処までも広がる青の下。
光の届かない黒の更に下。
泡で囲った、人の手の届かない鰭の国。
物心ついた時からずっとずーっと、僕はそこで小さく息をしていた。
血の繋がった母様、血の繋がらない姉様。
周りをひらひら踊る魚、カチカチと岩を鳴らす貝たち。
こぽこぽ立ち上る水泡、ぽつぽつ落ちるマリンスノー。
優しいもの、可愛いもの、綺麗なものに囲まれて、自分もその中の一部でいた。
母様は言う、僕のことが一番大切だって。
姉様は言う、僕がこの世で一番綺麗で可愛いって。
みんな口を揃えて言う、だから目の届かない所へ行かないでって。
僕はみんなのことが大好きだ。優しくて可愛くて綺麗で、そんなみんながそばにいてくれるなんてなんて嬉しいことだろうって思うから。
だからみんなの嫌がることなんてしたくない。僕はみんなの言う通りにする。
いつもいるのはおうちの中。狩の練習や泳ぎの練習、どうしてもお外に出なきゃいけない時は母様か姉様が絶対に一緒。
時々ふらふら何処かへ行くときもあるけれど、僕はまだそんなに泳ぎが上手くないからすぐ見つけて捕まえてもらえる。そんなときは母様も姉様もしょんぼりしてしまうものだから、僕もつられてしょんぼりした。
しょんぼりは嫌い、泣いた顔なんてぐちゃぐちゃで可愛くなんてない。
だから今日も僕はおうちにいる。
長く伸ばした髪を結ってもらって、目元に真珠の粉をつけて、口元を珊瑚で彩って、姉様が選んでくれたひらひらで色の綺麗なドレスを着る。
服についたスパンコールがとても綺麗でお気に入り。ドレスは丈が長くって、僕の足をすっぽり覆ってしまってもまだまだ長い。その裾が波に揺れるのを見るのが一等好き。
お部屋のベッドの上でそわそわしていると、母様が今日のお仕事を終わらせて僕と遊んでくれる。
「あぁ、メーテール。可愛い私の子……」
母様が髪を撫でてくれる。僕の髪は半分半分違う色。一つは母様とお揃いの青い髪。もう一つは、見たことない父様と揃いの金の髪。
「今日もお部屋にいたの?お外に出たりしていないわね?」
母様がじっと僕の目を見る。僕の目は半分半分違う色。一つは母様とお揃いの海の目、海の民の目。もう一つは、見たことない父様と揃いの金色の目。
「うん、僕ずっといい子にしてたよ!」
母様に抱き着く。母様の肌はすべすべしていて柔らかくて触れていて気持ちいい。時折鱗のつるつるした感触が手に当たって、面白くなって自分の鱗と合わせてカチカチ音を鳴らした。
青い髪、海の目、鱗のある皮膚。
母様から貰った大事な体の一部。
金色の髪、金色の目……鱗も鰭もあるのに、半端に出来上がった足。
父様に押し付けられてしまった異物。
目の前にいる母様に触れられるたび、見た事も無い父様に舌を出す。
今日も母様は一生懸命に僕だけを愛してくれている。
それがこんなにも嬉しくて、ちょっと憎たらしい。
「そう……いい子にはご褒美をあげましょうね」
こうして母様は毎日僕にご褒美をくれる。
それがこんなにも心躍って、同時にどこかそわそわとさせる。
母様の白い指先、綺麗に塗った鋭い爪の先に摘まれた雫型の真珠。
宝箱に仕舞いこむように大事に僕の口の中へ仕舞いこまれたそれは、仄かに甘いミルクの味がした。その味を感じるたびにどこか泣きたくなってしまって、床に真珠が落ちる軽くて硬い音を聞いた。

 *  *  *

母はここいら一帯においてそこそこ有名な人魚であるようだった。ようだった、というのも直接僕がそんな様子を見たわけではなく、母様に酷く憧れている姉様の一人が日々語り聞かせてくれる話によく出てくるのである。
身体の大きさ、鱗の艶やかさ、髪のしなやかさ、声の麗しさ、魔術の精密さ。
どれをとっても母様のモノは一級品で、海の果てにいてもその噂は聞こえたそうだ。時折気まぐれに陸に上がれば陸の男までも魅了して、どこぞの貴族に惚れられたときは母様宛に金銀財宝の山が海へ投げられたのだとか。
どこまで本当かはわからないけれど、その話ももしかしたら本当なのかも知れないな、と思えてしまうくらいには母様は凄かった。
そんな母様は周りから一体どんな男と番うのだろうかと常々噂されていたらしい。
海で一番強い男か、海で一番美しい男か、海で一番魔法の達者な男か……枕詞で常に「海で一番」とついてしまうくらいの高嶺の花。
そんな噂と色眼鏡が嫌になって、母様はよく陸へ上がった。陸と言っても浅瀬の岩場くらいなもので、人の来ないようなところを選んでいたようだったけれど。
そんなところで、不運にも父様と出会ってしまったらしい。
人魚族の至宝とまで言われた母様と、ただのしがない灯台守であった父様。
種族違いな二人。身分だって割と違う。
そんな二人がどうして結ばれてしまったのか。しかし2人が結ばれていなければ僕自身こうして生まれてはいないわけであって……少し複雑な気分だったりする。
もしも父様が僕の傍にいて、もうすこし人となりがわかっていたらまた違う印象なのかもしれない。でも実際の所そうではないのだから仕方がなかった。
「母様は、僕のことどう思ってるんだろう?」
姉様にふと聞いてみた。
青色の髪に海の目。僕のなりたい姿をしている姉様。羨ましいけど絶対に届かない姉様。
時々羨ましさでどうにかなってしまいそうだけど、それでも優しくてふわふわとして、大好きな姉様。
「いきなりどうしたの?そんなこと聞くなんて」
「母様は、父様のことまだ好き?僕父様によく似てるんだ」
金色の髪に金色の目。僕が貰ってしまった父様の半分。
これを見て母様はどう思ってるんだろうか。好ましい?厭わしい?愛してくれている?それても愛しているふりをしているだけ?
自信がないの、だって基準になってくれるだろう父様はここにいないのだから。
「お父様とメティは違うものでしょう?どうして気にするの?」
「母様に嫌な思いはしてほしくないんだもの。僕、母様が嫌いな人に似たくない」
「あの方がメティを嫌いなんて話、聞いたことない」
「ほんと?隠してたら泣いちゃうからね」
「隠したりしないわ」
「姉様、だいすき」
ほっそりとした姉様の腰は、無駄なお肉なんてなさそうなのに柔らかくて気持ちのいい感触がした。






姉に甘えるメティ

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