あんこうまとめ1

◆アン向
前提
既に書きあがり済み、手直し待ち(あとがき
を書いてから)
先生に送る手紙
自らの存在に対する絶望と先生に対する希望
遺書であるという宣言

出会い
既に書きあがり済み、手直し待ち
向陽の自らに対する認識
アンジェリカとの出会い

同棲スタート
朝起きて昨日の出来事を思い出す。
夢だと思いこもうとする
隣でもぞりと動く影
現れるアンジェリカ(彼シャツ状態)
「昨日の事を覚えていないのかしら?」
時間が無くてアンを置いて仕事に行く向陽(
帰ってくる時間を告げる)
うわの空で仕事をする
あのまま置いておいたら変質者、犯罪者だな

心配される、そのまま寝床に返される
早く帰ってきた向陽に喜ぶアンジェリカ
質問攻めタイム
家は?親は?どうしてここに?
全て素直に、しかし頓珍漢に答えるアンジェ
リカ
「私はあなたのためにいるのだわ。私は私の
ためにここにいるのだわ」
「此処に置いて頂戴よ、じゃなかったら私、
適当な人に嘘をつく悪い子になるわ」
始まる二人での生活
アンジェリカとは
アンジェリカの一日
向陽とは
向陽の一日
幕間
「今」の向陽とアンジェリカ
向陽落ち込み↓浮上
アンの消失、向陽荒み
アンの帰還
離れがたい存在となってしまった自覚
あとがき

----------------------------------------
----------------------------------------
◆プロローグ
『恥の多い生涯を送ってきました』
 何時だったか人々が話題にするものだから
と読んだ小説は、この様な一文から幕を開け
ていた。鮮烈な印象は何も残っていない、ぼ
んやりとした靄の様な感想がふわりふわりと
浮かんでいく。話としては酷く憂鬱とした内
容で、暗いだけでたった一つの救いすらも無
く、唯主人公に複雑な、然し決して明るく等
無い吐き捨ててしまいたい様な感情を抱いた
ことを覚えている。一言でまとめてしまうの
ならば臆病な少年の話であった。其の単純な
まとめだけが心の中に残っていた。それだけ
であった。
『あの人は私のもの、私だけのものだ』
 別のとある小説は、女性が自らの夫に対す
る斯うした内面を吐露する内容のものであっ
た。うだつの上がらない旦那と、其れにうん
ざりとしている妻。一見して冷え切っている
ような二人の、表面上は単純に見える関係の
話であった。読み始めた当初は男性に振り回
され続けていた女性に同情に似た感情を抱え
ていたものだが、読み終わる頃には男女双方
に対して呆れ尽くして盛大な溜息を溢したこ
とを覚えている。其の溜息の理由が、如何し
ても其時の私ははっきりとした形に出来ず、
暫く暗澹たる気持ちを抱える羽目になった。
其の気持ちを忘れる迄幾日掛っただろうか、
もう思い出したくも無い。もう二度と読むま
い、そう思うほどの話だった。
『私は初めて彼女に深いたくらみがあったの
を知りました』
 文字の羅列の中で騙され続けることを肯定
した男は、完全なる敗北を悟ると自らに言い
聞かせるように呟いた。目を逸らし続けてい
た現実を、避けられない処に来てからやっと
直視した。世の中にはこんな救い様の無い男
もいるのだと、私は其時初めて知った様に思
う。男の悲哀が、男の絶望が、陶酔と快楽の
奥から僅かばかり顔を覗かせて居るのを見た。
否、逆だったろうか。逆だというのなら猶更
救い様が無い。其の様子を見ながら、私は、
私自身は未だ真面な部類であると幾許かの安
堵を覚えていた。それと同時に、私も如何や
ら人に言えない程度には悪い性格をしている
様だ、そう自覚した。

 此処まで来て自らの人生を思い返して見る
と、先人達がつらつらと書き連ね書き尽くし
てきたこれらの言葉が私の脳裏に浮かんでき
た。それらは延々と、じわりじわりと、どこ
ぞの水脈から水が少しずつ湧いて溢れる様に。
人生歩んできた二十数年、その中で私が積み
重ねてきた知識が溜め込まれている引き出し
から「お似合いだろう」「私こそが」とばか
りに言葉の一つ一つがひしめき合って顔を出
す。一つ二つ、三つ四つ、次々と、其れらは
数えきれない。しかし其の言葉の羅列を一つ
一つ思い返し気付いてしまったことがある。
一つ一つ紐解きなぞっていると、その過程で
ふと気付くことがある。
 その言葉の羅列の中に、一つとして私自身
の言葉は存在しなかった。
 私が私自身の人生を振り返り、其の末に何
らかの結末を、この生に於ける幾許かの価値
を模索している。それだというのに、其処に
散らばって存在するのは私のことなど何一つ
たりとも知らぬ赤の他人たちの言葉であった。
『恥の多い生涯を送ってきました』
『あの人は私のもの、私だけのものだ』
『私は始めて彼女に深いたくらみがあったの
を知りました』
 どれもこれも、知らない。どれもこれも、
顔も知らない何処かの誰かからの借り物であ
る。私とは一体何であったのだろうか。私の
生涯の何処に、私というものはあったのだろ
うか。どの言葉もその答えを知りはしない。
まるで迷子のようにふらふらと頼りなく、何
処ぞを彷徨っている。
 唯一私が認識している私の中での真実は、
終ぞ叶わなかった夢であった。
 私はつい最近まで、若干の諦めは抱いてい
たものの、小説家に為るという夢を追ってい
た。尊敬する先生の師事を受け、常に貪欲に
知を求め、其の知と自らの欲望を集約し、紙
に叩き付ける。その様なことをし乍ら時を重
ね、日や月、季節、年が移り変わるのを感じ
ていた。人並みに悩むことだってあった。向
いていないのではと、夢は夢で終わらせるべ
きなのではないかと、抑々何故に私は書くの
かと。そんな悩みに向き合いながらも、何と
か答えをこじつけて紙に向かい続けてきた。
私は其の生き方しか知らなかった、知ろうと
しなかった、しようとしなかった。書かない
私など私ではないのだと、其処まで思い込ん
で自分を追い込んだ。それなのに、そうであ
ったはずなのに、重ねた時を無駄と嘲笑うか
の様に、この胸の中は結局の処何一つ実の無
い仮初で埋め尽くされていた。
 その事実に気が付いたとき、私の中に細や
かでありながらも確かな、人々が絶望と呼び
恐れるものが生まれた気がした。或いは、こ
の胸の中に在った其れが漸く自らの存在を主
張し始めた気がした。胸の奥に重りを抱え込
んだ様な、否、この胸の中身の全てが鉛へと
変ってしまった様な感覚。胸を縄で引き絞ら
れ、真面な呼吸が出来ずに喘ぐ苦しさ。こん
なものを抱えるくらいならばと、何も考えず
逃避したくなる死の尊さ。
 こんな私に、もう生きている価値など有る
わけがないのだ。
何度も向き合ったあの問いに、答えなど無
かったのだ。
 そうした様々に苛まれ、最悪の結論を叩き
出し、物心ついて間もない童の様に泣き喚き
かけた私に、彼女は何よりも優しく囁いた。
「泣くことはないわ、私の坊や。無いなら作
ればいいじゃない」
首を傾げ、俯く私の顔を覗き込み、そっと頬
を撫でる。彼女の紅玉の瞳は、そして雲雀の
如き声は、今まで見てきた、聞いてきた何よ
りも澄んで真直ぐだった。
 彼女は何だっただろうか。何だってよかっ
た。母の如く寛容で、縋ることを許してくれ
る貴女。
 彼女に促されるまま、私は自分の両の手を
じっと見つめる。
 紙に触れて乾燥し罅割れた指先。幾度とな
くインクを溢して擦って吸って、僅かに変色
した皮膚。
 其れらは追い続けた夢の足跡。私の人生に
おいて輝いていた数年を確かに証明する物。
其れが無ければ、私の時間は何よりも空ろで
愚かさが凝縮された我楽多、正しく無になっ
てしまう。そんな事はあってはならない。時
間は勿論の事、此の手も、私の中でだけはそ
の尊さを証明しなければならない。
 そうして私は、今自らを抱き込んでいる状
況について正しく理解した。結論を言うなら
ば、彼女の言う通りであった。価値が無いと
言うならば価値を作ってしまえばいい。私な
らば、私の夢ならば、書いてしまえばいい、
唯其れだけで良い。そんな単純なことがどう
して思い浮かばなかったのか。愚かにも程が
ある。幸か不幸か、私を、私たちを止める者
は誰も居らず、時間は持て余すほどに持って
いた。
「貴女は私を置いていくか?アンジェリカ」
「意地悪を仰るのね。私、鬼じゃなくてよ」
 わかりきったことを一つ、聞いた。金糸雀
色のきらきら輝く髪を揺らして、彼女は優雅
に微笑む。其れは遠い昔の母の顔によく似て
いた。否、似てはいなかっただろうが、どう
しても重ねずにはいられなかった。今の私は
私の人生の何処を切り取って比べてみても一
等子供らしく、其れだけで胸の中が凪の様に
穏やかになるのを感じた。子供は母に還りた
がり、人というものは不意に海に沈む。
 そうして私は、筆を執り書き始めた。

*****
拝啓
逸見道幸様

 雪が解け、白から黒、更には緑へと変わり
ゆく地の顔色が目に鮮やかに届くように為っ
て参りました今日此の頃、こうして顔も見せ
ず、又唐突に御手紙を差し上げる無礼をお許
しください。
 貴方様の許を去り二月ほど経ちました。お
恥ずかしながら、未だ貴方様の御名前が、又
御声が届く程近くに身を寄せている次第です。
 この世の未練という物は中々断ち切ること
が難しいものであるようで、気づかぬうちに
時間が驚くほど速く流れていきます。しかし、
抱えている未練の一つ一つを、細い糸をふつ
りと指先で断つようにして潰していくのは存
外に楽しく、遠い恋人との逢瀬に燥ぐ乙女の
様な気持になります。このような愉しみは他
に存在しないでしょう。そう思うと、先述し
た難しさなど愉しみを更に堪能する為の要素
の一つにしか為り得ません。また未練を一つ
断ち切る度、私の旅立ちへまた一歩縮まった
と思えば……最早何も言う事は無いでしょう。
 とはいえ、心身ともに健やかでいらっしゃ
る貴方様には到底理解は戴けないことと思い
ます。わかっております、重々承知しており
ます、おりました。そんな貴方様だからこそ、
私は斯うして筆を執ったのです。自らの厚顔
無恥に胡坐をかいて、更に恥を重ねることに
したのです。
 浅ましいことかとも思いました、又貴方様
もそうお思いになるかもしれませんが、貴方
様以外に頼れる人が私にはおりませんでした。
私が書生であった頃、貴方様を心底困らせる
ような事は無かっただろうと記憶しておりま
す、自負しております。また其の事に貴方様
が安堵しつつも、若干の物足りなさを感じて
いると酒の席でおっしゃっていたことも覚え
ております。もし貴方様が未だ私に気をかけ
てくださっているのならば、その御心が変わ
らないようでしたら、私が貴方様に言う最初
で最後の我儘だと思って、私からの頼みを聞
いてやってくださいませんか。
 如何か、私が貴方様の書生であった時の様
に、同封した物語を読んでやっては戴けませ
んか。
 詳しい内容は此処では申しませんが、其れ
は、簡単に言うのならば、私の遺書と呼べる
ものでございます。私が、「葉山向陽」とい
う一人の男が確かにこの人の世で生きていた
ことを示す、今となっては唯一の証でござい
ます。
 其の証として、私が唯一愛した女性「アン
ジェリカ」と過ごした日々を、長いようであ
りながらまるで蝋燭の様に儚く貴く輝かしか
ったあの日々を、書き残して参りました。彼
女は美しい女性でした。其れは何も外見の話
のみではなく、明確な形を示さない内面まで
もが、現実から一つ離れ存在迄もを疑いそう
になるほどに美しい人でした。此の美を私の
うちにのみ留めて逝くというのは、どうにも
気が咎めて仕方がないのです。しかし、此れ
を万人に広めようというのも私には難しく、
私は初めて自らの心のうちに嫉妬なる感情が
あることを知りました。留めておけぬと知り
ながら、淀んだ醜い感情が私に待ったをかけ
ました。
 しかし貴方様ならば、私が唯一信頼した先
生ならば、私も安心してこの遺書を託すこと
が出来ます。
貴方様だけであるのならば、私もきっと許
すことが出来ましょう。
 貴方様は勝手と憤るでしょうか、それとも
馬鹿な事をと切り捨てるでしょうか。もし僅
かにでも、私に温かな気持を寄せてくださる
ならば、如何か書いてある通りになさってく
ださい。重ねることになり見苦しくも感じる
事でしょうが、それが私の、最初で最期の我
儘なのです。
 最期となり大変恐縮でありますが、先生が
お身体を壊しませんよう、御家族共々息災で
ありますよう。そして願わくば、私の思いの
断片がほんの僅かであったとしても貴方様に
伝わりますことを。
誠に勝手ながら、貴方様の手の届かぬ遠く、
空と川をちょいと越えた地獄よりお祈り申し
上げ、締めとさせていただきます。
ごきげんよう。

敬具
葉山向陽

----------------------------------------
----------------------------------------
◆一話
 私は、葉山向陽という人間は、酷くありふ
れた存在である。
 生まれてこの方、取り柄と言えるほどに得
意な事柄を得ず、欠点と言える程の不得意も
与えられることはなかった。器用貧乏、と人
は言う。もしかするとこの世で最も退屈を極
めるだろう性質を持ち合わせ、不幸にも私は
生まれてしまった。この時点で既に、恵まれ
た生とは言えなかった。
 家がそれなりに裕福であったために、私は
特に大して不自由することもなく大学まで進
学、そして卒業。就職すら苦労する事は無い
だろう、人はそう言って私を生温かい羨望と、
露助の蔓延る海の様な冷たさの侮蔑を視線に
混ぜた視線で見つめた。
 きっと、斜に構える私の生き方は見る人を
不愉快にしたに違いない。実際そうした文句
を陰で、また勇気のある者に直接言われた経
験も多いし、前述したような視線も其れこそ
数え切れぬほどに浴びてきた。
 しかし、そんな人々の視線に私は応え平凡
に順当に生きる気など欠片も無く、家族から
の壮絶な反対を押し切って一つの大きな苦労
を背負い込むことにした。大学で世話になっ
ていた先生の伝手を辿り、小説家、逸見道幸
氏の邸宅に書生として入ることにしたのであ
る。
 既に大学を卒業し、学生という身分を捨て
去った身。書生、と名乗って良いものか思案
したが、逸見氏(以降先生と書くことにする)
が気にする事は無いと朗らかに仰ったので其
の言葉の通り、気にしない事にした。
 逸見家においての生活はとても穏やかな物
であった。先生と奥方様、御令息に御令嬢。
品行方正でありながらも明るく大らかで優し
い方々。私自身は人と話す事を余り好まず、
愛想も決して良いとは言えないのだが、家の
皆様はこの様な私であっても温かく迎えてく
ださった。特に御令嬢と言ったら、私は一人
離れをお借りして生活しているのだが、日に
必ず一度は私を母屋へ連れ出してお茶を共に
と誘ってくださる。毎度辞退するのが心苦し
く、数回に一度は御馳走になるのだが、其の
度に何とか話を続けようと努力してくださっ
ているのが嬉しかった。
 然し楽しい事ばかりではなく、先生から与
えられる仕事はそれなりに多い。家事手伝い
や御遣い、御令息の家庭教師、挙げれば限が
無く、朝から晩まで動き回るといった日も少
なくない。倒れる様に斯うした事態を予期し
て敷きっぱなしにした蒲団に横になり、其の
儘夢見る事も無く朝を迎える等毎日の事の様
であった。遠慮や冗談なしの多忙な生活、し
かし、私は今まで過ごしてきた人生のどんな
一場面よりも充実していると感じていた。本
来こうした気持ちを味わうべきであった学生
生活が、どれだけ味気の無いものだったかを
改めて感じた。
 つまらない人間のつまらない人生、黒と白
のみで構成された味気ない世界。そんな世界
が、未だ淡いながらも色付いて見えてきたよ
うな気がした。
 そんな、確信もなくぼんやりとした、掴み
処の無い、まるで雲の様なそんな思いを、彼
女はあっさりと消し去ってしまったのである。
 彼女との出会いは何も遠い昔といった話で
は無く、ほんの数ヶ月前、冬の入口、立冬を
少し越えた辺りの時分であった。秋から冬へ
移り変わり、木枯らしが吹き荒れ気温も下が
った夜分。その様な時間に外にいる、剰え歩
き回るなど避けていたかったのだが、その日
の私は先生からの頼まれ事で朝から大忙しで
あった。出版社や文具屋、呉服屋、果ては先
生の親類の御宅、様々な場所で様々な用を済
ませ、漸く帰路に就いた処であった。
 時計を確認してみれば時刻は午後九時を回
りつつある。通りで、今は余り聞かれない入
相の鐘を感慨深げに聞いたのが遠い記憶であ
るはずだ。これは早く帰って、先生に今日の
報告をしなくてはならない。晩酌でも為さら
ない限り、先生の就寝時刻は早いのだ。
 外套の前を正し、襟巻を僅かに直してから
進む足の速度を速める。
 辺りには当然ながら人っ子一人見えない。
酔っ払いや、車すら見えない。繁華街と住宅
街の狭間、とでも言う様な閑静な川の端であ
る。それも当然であるのだが、先ほどまで喧
騒にいたことを考えるとその寂しさすら体感
する温度を僅かに下げた。吐いた息が白く浮
き上がって、風に押し流されていく。
 儚いものだ。
 小説の種を考えるのならば、斯ういった淋
しい風景の中が良い。
 早めていたはずの足が、ゆるりゆるりと速
度を落としていく。
 落ちる機会を逃した枯葉が一枚、私目掛け
て落ちてくる。一陣、軽やかに吹いた風が、
私の長い髪を乱していく。
 其れ等は手足の先を赤く染め、体を震えさ
せたこの空気の温度を、一時忘れさせてくれ
た。
 間違いなく、私は此の時分、大人にのみ許
された時間に於いて、まるで童の様に燥いで
いた。昼間とは正反対に、見た事も無いよう
な顔を見せる風景に、目を輝かせて浸ってい
た。年甲斐もない。今時、十六だか十八の少
年ですら夜分に出歩き、酒を飲み歩くことも
あるというのに。
 しかし、此の時間にも良い加減に蹴りを付
けなければ為らない。時計の針も大分進んで
しまったかもしれない。
 帰ったら身を清め、先生への報告を行い…
…先生にお預けした小説の講評は戴けるだろ
うか、そうしたら、明日の準備を――――
 そのような事を考えていたから、私は気付
くことが出来なかったのだろう。其処に居た
人物の存在を、彼女の存在を。
「ちょいと、其処のお兄さん」
「……?」
 其の声の主は、平素であるならば確実にそ
のまま何事もなかったように過ぎ去るだろう
と思わせる容姿をしていた。
 先ず見えたのは襤褸布、そしてその下から
僅かに覗くぎらぎらと光る瞳。小説や、三流
大衆誌に頻繁に取り上げられている異形や妖
にも似た雰囲気を感じる。
 視線を僅かに下げると皺くちゃになった顔
の皮膚が見え、何かを口走ろうと唇がもごも
ごと蠢いているのがわかる。
 其の更に下は頭にも被せてある襤褸布が体
を覆い隠すように巻かれている。其のせいで
体の線は外から全く見えず、其の下に嫌な想
像を掻き立てられる。見た其の儘の骨と皮な
のか、其れとも瞳の雰囲気を引き摺って異形
の体をしているのか。後者は有り得る事では
ないと解っている筈なのに、どうしても思考
だけが悪い方向へ加速する。
 今斯うして見つめているだけでも精神的な
疲労が肩を重くし、汗が湧き出てきそうな気
持になる。一つ行動を起こすだけでも覚悟を
必要とする。
 兎も角、私は振り向いてしまった。今更見
なかった振りをして帰路に戻る事等出来ない
だろう。
「……何か?」
 長めの間を開け乍ら恐らくは老婆であろう
と思われる存在に問う。恐らくは、どうしよ
うもない程の顰め面をしていることだろう。
眉根を寄せ、目を吊り上げ、口角を下げ、可
愛げの無い顔をしていることだろう。子供か
ら何度泣かれたか判らず、大人にも苦笑い、
若しくは同じ様な顰め面で返される顔だ。
 然しそんな顔に怯む事も無く、大して気に
もしていない先程と少しも変わらぬ顔をして、
老婆は話を始めた。
「随分と寂しそうな顔をしている。あたしは
そういう顔が嫌いでね、つい話しかけちまっ
たんだ」
 寂しそうな、と言っただろうか。今が人生
の盛りかと間違うほど充実を実感している私
に対して、寂しそうだと。
 なんと言うことだ。私の事を何も知らない
この老婆の一言が、何故此処まで刺さるのか。
「……お気遣い痛み入る。だが、その様な顔
をした覚えは無いのだが」
「おやおやまあまあ、解っていないとはまた
重大だ。仕様がないとは此の事かね」
「御婦人、繰り返し失礼するがその様な事は」
「おやおやまあまあ、おやおやまあまあ」
 話が通じないとは当に此の事だろう。
 これは此の老婆を存在ごと無視して、何事
も無いのを装って帰路につくのが屹度正解で
あるのだ。其れ以外を選ぼうとするのが間違
いなのだ。
 其の儘、老婆と視線も合わせずに口を開く。
「もう夜も更けた。御自宅に戻られたら如何
か」
 少なくとも、私はそうさせて頂こう。
 足元から砂利の喚く音がする。途端、老婆
の半分が視界から失せるのが分かる。もう一
歩踏み出せば、あの西洋でいうところの魔女
の様な姿は消え、また風情を帯びて閑散とし
た空気が私を囲むことだろう。
 そう思っていた。
「向陽」
 名が聞こえた。生まれてから既に四半世紀
を超え、耳に根付いて取れなくなってしまっ
た此の名が呼ばれた。
 咄嗟に踏み出しかけていた足が失速し、身
体が僅かに傾く。
 聞こえてきた声は老婆の物では無い。其れ
よりもずっと若々しい、寧ろ幼いとすら感じ
て仕舞う声。
 こんな夜更けにそんな声が聞こえるわけが
ない、常識に則って考えるなら聞き間違いだ
と流してしまうのが正解だ。然し、唯それだ
けとして流すには、その声は過ぎる程に明瞭
で確りと私を捉えていた。
「アタシを置いていくの?」
 振り返る。
 そうすることに理由はなかった、然し、そ
うしない理由も何故か風に攫われて消えてし
まった。唯身体がその様に動き、彼女を視界
の中心に、然も其れが彼女の定位置とばかり
に恭しく置いた。
「アタシ、貴方を呼びに来たわ。地獄迄、此
処よりもずっとずっと幸せな地獄迄」
 見た事の無い、異国の少女であった。
 彼女は紛れも無く少女といった装いで、そ
の小さな身体に熟しきった柘榴の甘い香りを
纏っていた。月明かりに照らされた白銀の髪
は綺羅星を塗した様に煌めき、此方に向けら
れた二つの柘榴石の視線は私を魅了する。そ
の白い肌を白磁と表現するには何となく憚ら
れて、其の見るからに滑らかで柔らかな手を
過不足無く表現するだけの語彙を持たない私
が心底憎らしく思えた。考えれば限が無く、
然し思考を止めたくないと何かが耳元で囁く。
 時は今止まっているだろうか。美しさに囚
われた「今」という時が流れ掠れ薄まってい
くのに、私は耐えられそうに無い。
「だから、アタシを置いていかないで頂戴」
 ああ、誰が可愛い貴女を置いて等行くもの
か。
 そう口に出してしまうのは簡単だろう。然
し私の口は石で出来ていたのかと間違う程に
硬くなり、情けないが喘ぎの一つも出せない
くらいであった。
 何か、一つでも口に出してしまえば今目の
前にいる少女は消えてしまうのだろう。少女
と女の危うい境界の上に立ち、其の上で悲劇
を演じる彼女は消えてしまうのであろう。
 その彼女が惜しくて、其の儘、この一瞬の
儘に留めておきたくて、私は今この身を固め
てしまっている。世渡りの得意な人間であっ
たら、もっと上手く取り繕うのだろう。然し
私にその様な器用さは存在せず、また女性を
転がすような事に慣れている筈も無かった。
 だからこそ私は石に為らざるを得なかった
のである。
「お願い、向陽」
 足音がする。先程私が鳴らしたよりもずっ
とずっと控えめで、喚くというよりも歓喜に
も似た響きに聞こえる。
「お願い」
 私の腰にほんの少し重みが加わった。目線
を下にずらすと、彼女の小さな手が私の袴を
掴んでいるからだとわかった。親指の爪の小
ささ、薄桃色をした部分と白色の部分の割合
の可憐さ、細やかに光を反射するそれに接吻
さえしたくなる。
「お願いよ……」
 こくり、と唾液を飲み込んだのを、私は其
の動作の全てが終わってから気が付いた。気
が付いた時、私は彼女をそっと抱き上げ鼻腔
を柘榴の香りで満たし、彼女はそんな私を見
て満足したように微笑んでいた。
 その行動にすら理由はない。彼女に願われ
たから、そうしたかったから、どれもが近い
ようで在りながらも決め手に欠ける。若しも
其の決め手に欠ける理由達から強いて一つだ
け挙げるというのなら、唯そうしなければ後
悔すると思ったからである。
 私は彼女を其処から連れ出して、夜の闇を
茫然と歩きだした。行先など決めるものでは
ない、何処かに行くことが目的ではない。彼
女と歩むことがどれ程の幸福を今此の瞬間に
生んでいるか、屹度それはあの時の私にしか
わからなかったことだろう。
----------------------------------------
----------------------------------------
◆二話
 何時の間にやらに訪れていた微睡だった。
 ふと気付いた時には自室として使わせても
らっている邸宅の離れの中であり、ぼんやり
と天井の板を見上げている。
 昨晩、私はどうやって帰ってきたろうか。
記憶がぶつ切りになって所々が消え失せてし
まっている。あれは、全て夢の様な物だった
のだろうか。自分は何時もの通り先生に言わ
れるがままに用事を済ませ、この邸宅へと戻
り、食事と風呂を済ませ、この床に就いたの
だろうか。わからない。まるで多く酒をかっ
くらった時の様な記憶の抜け方をしている。
 今私にあるのは敷布と上掛けに挟まれた心
地の良い温かさ。まだまだ尾を引く様に残っ
ている眠気。たったそれだけだ。
 眠ってしまいたい、更に我儘を言うならば、
夢の中でもらい受けた彼女をもう一度。あの
白銀色に輝く髪を。見た事も無い柘榴の瞳を。
どんな陶器よりも白く華奢な身体を。もう一
度この腕に抱いてみたい。
 それはまさに夢であったが、夢の様な体験
であった。ぼんやりとした至高の中でさえ、
それだけは鮮明に覚えている。其れが二度と
実現しないとするならば、この夢はまさに
「ただの悪夢だ」
 思わず顔を手で覆ってしまう。見慣れた板
の天井が影に隠れ、目の上に普段より幾分温
まった掌がぺたりと乗っている。
 温かさは更に眠気を加速させる。きっとこ
のままでは再び眠ってしまうのだろう。そう
思うと、頭の中では喧しく警報が鳴り響いた。
 今日の予定は何だった?昨晩先生の元へ聞
きに行っただろうか、それすら覚えていない。
朝食の時に改めて聞かなければ。いや、それ
よりも先に何か粗相をしているようならばそ
の謝罪も……。
 そんな思考が頭の中をぐるぐると回ってい
る。回りが過ぎて上手く先程までやってきて
いた微睡はどこかへ行ったようだ。
「起きるか……」
 先生が私に用意してくださった敷布は、人
より少し背丈の高い自分に合わせてくれたの
か随分と縦が長い。
 しかし、仕立て屋が何を勘違いしたのか、
出来上がった布団は何と横までも長ったらし
く、横に二人が並んでも申し分ない仕様のも
のだった。私は常に、この布団の半分側だけ
を使って眠っている。広い布団というのは如
何にも落ち着かず、何とか妥協した結果だ。
今日もいつものように、自分の使っている半
分側の布団を捲り、ひんやりとした空気に肌
を晒す。二度寝をする気はないが、如何にも
勿体無く思って、捲った布団は元に戻し空気
を閉じ込める様にぽんぽんと叩いた。
 其時、ふと気が付く。
 平素は平らでいて、冷たくある筈の隣に存
在している、こんもりとした山。自分の背丈
の半分も無い、小さな山。
 嫌な予感がした。昨晩の夢の内容が頭の中
でちらついている。
 いやまさか、そんなわけがあるはずもない。
これはきっと、きっと……そうだ、昨日着て
いた羽織が丸まって入っているに違いない。
きっとそうだろう。
 自分に苦しい言い訳を言い聞かせながら、
僅かに震える手で布団に再び手を掛ける。
 昨日着ていた羽織は何色だったろうか。黒
か、紺か、それとも別の色だったろうか……。
 考え事で気を紛らわそうとしながらも、え
えい、ままよ。と一気に布団を捲る。
「……」
 先ず見えたのは先程焦がれた白銀の髪。敷
布の上に散らばる一本一本がきらきらと光る
絹色のようで、悪寒も忘れて感嘆の息を吐く。
 次に見えたのは見えたのは真白の衣服。彼
女の背丈より大分大きいように見える其の衣
は見覚えがある。恐らくどころか確実に私の
もので、その事実に何か、こう、こみ上げる
何かを感じる。
 第三は僅かに見える手足。ほぼ隠れてはい
るものの、先のみ見えている手や足は日に当
たることない私と比べて見ても随分と白い。
衣服よりも白く見えてしまうのは私の贔屓目
だろうか。
 昨晩私を魅了した柘榴石は瞼の裏側にその
姿を隠し、その分ぐっとその印象を大人しく
大人びた清いものへと変えている。見たい、
という気持ちと、閉じていてよかった、とい
う気持ちが交錯する。このまま目がずっと閉
じていれば、彼女は唯の人形で、昨晩はこれ
を買っただけだという事実を確認できる。嗚
呼、そうさ。私は人形を買ったのだ、きっと
そうなのだ。
「ん、あらあら?もう朝が来たのね?」
 悲しいかな、現実は如何なる時も上手くい
かないものなのである。ゆっくりと姿を現す
柘榴の瞳、ゆらりと動いて服の皴の形を変え
る手足。その動きは滑らかで、絡繰りなどで
はない、確かな人の動きをしていた。確かに
そこに横たわっていたのは少女であった。
 今思えば何を思いこもうとしていたのか。
こんなに精巧な作りの人形がある筈も無いと
いうのに。
「幸せだわ、この上ない幸せだわ。朝起きて
すぐに貴方の顔が見られるなんて」
 少女は恍惚とした、いや、この表現は適切
ではない。何かに浮かされたようにふわふわ
とした声色でそう呟いた。
 薔薇色の頬を小さな椛の手で押さえながら、
照れたように視線を右へ左へと送っている。
当に恋する乙女、描きたくなるような可憐さ
である。しかし、此の可笑しな状況がどうも
その気を失せさせる。
 女性に対する扱いではないが、じろじろと
上から下までその姿を眺め、あの夢の中以外
に見覚えがないか確かめる。
 ない、という検索結果を脳内で弾き出すと、
溜息を吐きながら浮かれた少女に問いかけた。
「お前は誰だ?何故此処に居る?」
 少女の夢は泡のように弾けた。丸い大きな
目をさらに大きく丸くして、少女はじっと梟
の様に感情なくこちらを見る。
 その様子に僅かに恐怖しながらも、それを
悟られないようにして見つめ返した。
 やがて少女がその柔らかそうな唇を薄く開
くまで。
「昨日の事を覚えていないのかしら?」
 暫く経って、漸く彼女はそう言った。
 もう一度思い起こしてみてもやはり私の記
憶は曖昧な儘、記憶はぶつりと途切れた儘。
 首を振って言葉も無く其れを伝えると、少
女は小さく、やけに大人びた様子で「そう」
と一言口にした。考え込むような仕草をし出
した少女に、また問いかけを投げようとした
その時だった。
「向陽さん?起きてらっしゃる?」
 戸の向こうから控えめな女性の声が聞こえ
てくる。毎日聞いている耳に馴染んだ声。こ
の家の女将さん、先生の奥様の声であった。
「はい、何か御用でしょうか」
 何とか平静を装いながら、扉越しに返事を
返す。扉を開けられては堪らないから、この
焦りをほんの少しでも出す訳にはいかなかっ
た。そうして更に焦っていく私の様子は中々
に滑稽だったらしく、目の前の少女は声を抑
え乍らくすくすと笑っていた。
「朝餉の時間ですわ。起きていらっしゃらな
いので、心配になって」
「ああ、申し訳ありません。直に支度をしま
すから」
「お待ちしておりますわ」
 戸の向こうから感じる気配が遠のくのを感
じ、ほっと息をつく。あまり時間はない。支
度を整え、この少女の処遇を決め……とやっ
ていれば母屋にいる先生たちが不振がること
だろう。一先ずこの少女の事は保留し、今日
の仕事をこなしてくるのが恐らくは最善。
 そう腹の中で決めてしまえば後の動きは速
かった。
 小腹が空いた時用の菓子や果実などの在処
を少女に見せ、それから時計を見せ帰ってく
る時間を教える。幸い少女には教育が行き届
いているようで、私の言うことを過不足なく
理解していた。長い間傍を離れるので不安で
あったが、これならまぁ大丈夫だろう。
「いいか、先程言った時間に帰ってくる。留
守中は静かにしているようにな」
「ええ、勿論。私、貴方が困るようなことは
しないわ」
 満面の笑顔で返ってきたその言葉の全てを
信用できたわけではない。だがしかし、信用
するしかない、というのも事実。兎に角時間
が追いかけてくることに焦った頭ではいい考
えなど出る訳もない。
「いってらっしゃい、愛しい貴方」
 そんな言葉に背中を押されながら、私は慌
ただしく支度をした後に離れを出た。
 何とかいつも通りの一日を過ごさなければ。
怪しまれる事の無いように振舞わなければ。
 そう思えば思う程に襤褸が出ている気がす
る。当に散々と言ったところだ。脳内にあの
少女の面影がちらちらと過り、その度に何か
物を壊すか、自分自身が怪我をする。
 先生だけではなく奥さまやお嬢さん、お坊
ちゃんにまで心配されることとなった。
 何という事だろう。何と不甲斐無い事だろ
う。
 落ち込む私の此の気持ちを、今此れを読ん
でいる貴方は解ってくださるだろうか。
「向陽、君、今日は少し疲れているのだろう。
今日は一日ゆっくりと休んだらどうかね?」
 そうした先生からのお言葉により、私は何
時もよりも早く昼餉を頂き、何時もよりずっ
と早く離れへと戻る事となった。
「あら、早かったのね。嬉しいわ、愛しい貴
方」
 離れの入口の戸を開けた時、少女は何処か
らか取り出した旅行鞄の中を漁っている様だ
った。がさごそ、がさごそ。その激しさは私
の帰還など気付かないのではと思わせる程の
ものであったが、私が声をかけるその前に、
少女は私に迎えの言葉を投げかけた。まるで
新婚夫婦の妻であるかのように。そうして少
し急いだ仕草で鞄を閉じると、ちょこちょこ
とした可愛らしい歩幅で此方へ駆け寄ってく
る。
「言っていた時間よりずっとずっと早いのね」
「ああ」
「貴方にとっては悲しい事でしょうけど、私
からしたらとってもとっても嬉しいわ」
 少女は私の袴をその小さな手で掴み乍ら、
見上げる様にして言葉をかけ続ける。かく言
う私と言えば、その言葉に真面に応えること
もせず、預けていった菓子や果物の貯蓄をち
らりと見て「朝餉は未だなのか?」とだけ聞
いた。これだけを聞けば本当に夫婦のような
会話だと思いながらも、口にしてしまった言
葉を取り消す事は出来ない。
「あぁ、そうね。……でも、いいの。私、今
は胸が一杯で何も入りそうにないから」
 彼女はそっと私から離れ、菓子の方へ向か
う。飴玉や金平糖、箱に入った色取り取り様々
な菓子を、自分にではなく私に勧めてくるの
だ。
「貴方は砂糖菓子がお好きなの?それとも、
甘いのは全部お好き?私、クッキーやビスケ
ットが焼けるのよ。今度食べさせてあげまし
ょうか」
 ぺらぺらと回る舌で延々と話を続ける。話
が好きなのは女の性か、それとも彼女自身の
質なのか……どちらにしてもどうしようもな
い。
「焼き菓子は結構だ。それよりも、君のこれ
からを決めねばなるまい」
 私は未だ敷きっぱなしになっていた布団の
上に腰を下ろす。何時もはきちんと畳んで仕
舞ってから母屋へ向かうのだが、今日は彼女
と話していたせいでその時間も無かった。
「先ずは君の名前を聞かなければ」
 ありったけの威厳をもって、私は彼女にそ
う問うた。彼女の言葉はどうしても少し軽く
弾むような印象を受ける。話題が何処か遠く
へ行ってしまう様な気がして、如何も末恐ろ
しい。
「私?私の名前なんて貴方はとうに知ってい
てよ。私はアン、そしてアンジェリカ。どち
らでも貴方の好きなように呼んで頂戴な」
 白磁の肌に銀の髪、柘榴色の瞳。西洋の名
前は成程よく似合っていた。私は自らも名を
明かそうと口を開いたが、その行為が無駄で
あると、寧ろ害ある行為であると気付き、口
を噤んだ。
 名など教えて何になる、懐かせたとして何
になる。どうせこれから別れる存在であると
いうのに。
「そうか。ではアンジェリカ、君は一体何処
から来たのだね?」
 思考を断ち切る様に問いかける。少し考え
込む素振りを見せながら、彼女は答えた。
「そうね……どこかしら。暗くて冷たい場所、
というのは覚えているのだけれど、具体的に
説明出来る言葉を私は持っていないわ。甘い
匂いに釣られる蝶や蜂の様に、ふらふらと此
処へやってきたの」
 まるで空想小説を読んでいる様だ。頭がく
らくらとしてくる。
「昨晩の事は覚えているでしょう?この国で
は何かと大人が必要だから、あのおばあさん
に頼んだの」
 そうしたら、貴方に会えたわ。
 嬉しそうに語るアンジェリカ。あの老婆の
存在も確かに気になってはいたが、そういう
事だったのか。
「ということはあの老婆は君の親では」
「ないわ。お金を見せたら協力してくれた。
其れだけの人よ」
「本当の親は」
「さあ、何処に行ったのかしら。何処かの誰
かのお腹の中?深い海の底にあるお城?暗い
森の中で眠っているのかしら」
「……ふざけるんじゃない」
「ふざけてなんかいないわ、わからないのよ」
 アンジェリカはにっこりとした満面の笑み
でそう言って、何処か甘えるような仕草で私
の膝の上に座った。
 絆されてなるものか、何でもない風を装い
ながら質問を続けた。
「どうして、私の所に来たのだね」
「私が来たいと思ったから、そして貴方が私
を呼んだから。貴方はきっとわからないわ、
でも、それでいいのよ。後できっとわかるわ、
愛しい貴方」
「お前を家に帰したいときはどうしたらいい」
「あら……きっとそんな事は無いと思うけれ
ど、帰りたい時は勝手に帰るわ。ねぇ、此処
に置いて頂戴よ」
「そういうわけにもいかないだろう、私も此
処に置いてもらっている身だ」
「なら私の事は内緒だわ。二人だけの秘密な
んて素敵だわ」
 溜息を吐くことしかできない、真面な会話
が成立しない。これは何処か公的な機関に預
けた方がいいものなのだろうか。其れとも適
当に放り出しても……いや、やはりそれは人
としていけない。軍警にでも相談に行くのが
一番だろうか……。
「悪い事を考えているわ」
 風船が弾ける様に思考が霧散する。
 アンジェリカのじとりとした視線が肌を舐
めるのを感じて、思わず彼女と目を合わせた。
丸くとろけるようだった瞳を鋭くぎらりと光
らせて、彼女はこちらを睨みつけている。大
人の女も顔負けだ、大の男もたじろぐだろう。
少女でありながら大人、可笑しなことだ。
「此処に置いて頂戴よ」
 彼女はもう一度繰り返す。
「私は貴方の為にいるのだわ。私は私の為に
此処にいるのだわ」
 ああ、またあの感覚だ。
 頷かなければ、うん、と言わなければ。そ
うしなければならないというただの根拠もな
い決意。後悔の手がひたりと頬を撫でる感触。
「お願いよ、向陽」
 こんなに自分は意志の弱い男だっただろう
か。
 確かに年端の行かぬ少女を見捨てることに
罪悪感もあるかもしれない、だが間違いなく
害しかもたらすはずがない存在を、主人に内
密に引き込むなどと……
「お願い」
 ああ、しかし、此の言葉にどうしても逆ら
える気がしないのだ。
 恋焦がれた愛しい子よ。

----------------------------------------
----------------------------------------
◆三話
 自分の事をアンジェリカと呼んだその少女
は、本来対極に近い場所で息をしているだろ
う「我儘」と「従順」を見事その身の中で飼
い殺していた。
 昼に干したばかりの敷布の上に寝転がり、
私が伸ばした足を撫ぜては遊ぶその姿には、
嘆息する事しかできない。
 アンジェリカが私のもとへやってきた日、
そしてその次の日。私は先生から休むように
との厳命を受けた。一日文字を見ることはや
めて、思索に耽ることもやめて、ただごろり
と寝転がるだとか、外に出て散策するだとか、
そんなことをしてみるといい。そう言う先生
の顔は苦笑気味で、いつもと調子の外れた私
を気遣う様がありありと見えた。
 ああ、これではいけない。
 アンジェリカの件もあったゆえ、反抗する
ことなくその命を受諾した私であったが、彼
女を受け入れると決めてしまえばたった半日
という時間さえ消費しきれず持て余してしま
う始末であった。
 最初の日は散々だ。部屋を掃除してアンジ
ェリカの隠れられるだけの場所を作り、彼女
がそこを居心地のいいように改造し、その様
子を見ながら横になっているしかやることが
ない。
 私から文字を取り上げてしまえばこんなも
のか。
 思わず悲しくなってしまう程にすることが
無かったのである。
 目の前にいる少女は右へ左へと楽しそうに
部屋を見回っているというのに。羨ましい。
何度そう思ったかわからない。
 一晩明け、昨日の体たらくを嘆いた私は、
どうにか暇をつぶせないかとその方法を、習
慣で起きてしまった早朝の時分から考えた。
 こちこちと柱時計が音を立てる。
 隣で彼女が、冷たい空気から逃げるように
頭まで布団を被っている。
 そんな中浮かんだ案が一つ、彼女の観察で
ある。
 見た目は可憐な少女であるが、受け入れる
と決めてしまったのだが、彼女は正しく得体
の知れないものであった。観察して何が可笑
しい、何が悪いものか、そう思ったのである。
 その観察の結果がこの章冒頭の一文に繋が
るのだが、それは後々わかるだろう。
 以降、その日の朝、彼女の起床時から書き
溜めたアンジェリカの一日の覚書である。
 面白味があるかどうかは定かではないが、
読んでみてほしい。

*  *  *

 彼女の朝は私に比べ随分と遅い。私が起き
て三時間ほど後、八時を四半刻程回ってから、
布団を被ったままゆるりとその体を持ち上げ
る。
 その姿は珍獣か何かの様だが、特に私以外
気にする者もいない。その頃には私も一度部
屋に戻っている時間帯なので或る意味都合が
よかった。
 布団を捲りその姿を顕わにしようとすると、
空気の冷たさのせいか僅かに抵抗を見せる。
手近な布団の端を掴み、自分の方へと引き寄
せようとするのだ。これを許すとまるで饅頭
の様に丸まり、幼児だった頃の思い出が頭の
端で息をする。嗚呼、しかしそのままでいる
訳にもいかない。もう一度、今度は勢いよく
布団を剥いでしまうと、布団の中で小さく丸
まっていた身体がころりと転がっていく。
 彼女の持っていた旅行鞄、そこから取り出
した西洋式の寝間着を身に纏った彼女。
 寒さに身を震わせ、漸く目を擦って体を起
こすと、のそのそと私の方へ寄ってきた。
「こう、ちゃん」
 彼女は昼間の間だけ、私の事をそう呼んだ。
 夜は「向陽」と呼び捨てるくせに、昼はそ
の姿に違わぬ少女の言い草をする。
 初めてそれを目の当たりにした時、私は目
を丸くした。何だその呼び方は、と、許容も
何もなく大人げない言い方をしたものだ。
「こうよう、だから、こうちゃん。すてきで
しょ?」
 言いながら、彼女は私の腕にしがみついた。
恐らくは失われた温もりを求めての事だろう。
まだまだ眠り足りないと騒ぐ、微睡の真っ只
中にいる眼をなんとかうっすらと開けながら、
もごもご何か呻きながら懸命に私の腕を抱く。
 そんな様子を見ていれば、剥がす事等早々
に諦めがつく。幸い時間もあったことだから、
私はじっと彼女が起きるまで待っていた。
 時計の短針が八から九へと移り変わろうと
する時、漸く彼女ははっきりと覚醒する。
「こうちゃん、おはよう」
 へらりと笑ってから私の手を放し、仕切り
を作った彼女専用の居室へぺたぺたと歩いて
いく。
 其処にあるのは座布団と小さな卓袱台、そ
れから彼女の鞄だけだ。
 彼女の鞄は何やら凄い。彼女の洋服から玩
具から、兎に角何でも入っているように見え
た。
 何れ彼女が此処に居る時間が長くなってく
れば、作った小さな居室など物で埋まってし
まうのかもしれない。そんな馬鹿げた幻想す
ら抱かせる。馬鹿げたと思いつつ、実際そん
な気がして堪らないのだ。
 そんなことを考えていれば、彼女が着替え
を済ませて居室から出てくる。
 寒くはないのだろうか、薄い下着の様なひ
らひらとした服の上に私の襯衣を羽織って。
 確かに火鉢は焚いているのだが、それだけ
では心もとないだろう。
 そう口に出して問うてみれば、彼女はにん
まり笑って私の胸に飛び込んでくるのだ。
「だったらこうすればいいのだわ。こうちゃ
んがあたしを抱いていてくれればいいのだわ」
 なんとまぁ馬鹿な事を言う。洗い替え用の
半纏を出して被せてやれば、彼女の頬はまる
で風船のように膨れた。何とも愉快な事だっ
た。
 「こんなの優雅じゃないわ」なんて、いっ
ぱしの淑女のつもりなのだろうか。
 着替えが終わってしまうと、彼女は何かし
らの手段を使って時間を潰していた。その暇
潰しの仕方は多種多様であり、私よりもずっ
と時間の使い方は上手らしかった。
 これまたどこから取り出したのかわからな
い絵本やら、平仮名でいっぱいの小説だの、
とにかく様々な種類の本を読む。
 そこらへんに散らばった私の書き損じの原
稿用紙と鞄から出してきた色鉛筆で絵を描く。
 私に聞いて聞いてとせがんではその雲雀の
様に幼く高い声で歌を歌う。
 彼女は何でも出来るようで、しかし何処か
酸いような苦いような味のある才能の持ち主
であった。きっとそういえば彼女は怒るのだ
ろう、口は噤んでいたものの、私はそれを言
いたい衝動を堪えるので精一杯であった。
 そうしていると自然と時間も過ぎてくる。
昼時の鐘が遠くで鳴るのが聞こえ、私は奥様
から朝方預かっていた昼飯の包みを開いた。
 少し大きめの握り飯と漬物、それと出し巻
き卵。
 少なく見えるかもしれないが、私にはそれ
で十分すぎる程にいっぱいだった。これでも
食べきれるかわからない。
 握り飯に力を籠め二つに割ると、朝食べた
鮭の残りがその中心で柿色の身を晒す。
 朝も食べずに眠っていたのだ、随分腹が減
っているだろう。二つになった握り飯を交互
に見比べ、大きそうな方を彼女の方へ差し出
す。すると彼女は首を横に振った。
「あたし、今は何もいらないわ。だってここ
がいっぱいで苦しいくらいだもの」
 そう言いながらまだ平たい胸をそっと撫で
る。
 そんなわけないだろう、と口で言おうとも
首を振る。毒見が必要かといくらか齧ろうと
も同じだ。
 にこにことこちらを見やるその目が如何に
もいたたまれなかった。
「人は食わねば死ぬのだぞ」
「ええ、知っているわ。だけどあたしにはい
らないわ」
「お前も人だろう、食え」
「あら、そんな物言いをするの?いやだわ、
こわいわ?」
 何を言おうとも彼女が物を口に含むことは
なかった。本当に、何も食すことはなかった。
いずれ、腹が減れば何か食べたいと強請るこ
とだろう。
 そう開き直った私は半分の握り飯を食い終
えると、敷布に横になった。
 離れの天井は少し埃っぽく薄暗い。
 その薄暗闇の向こう側に見える木目にじと
りと視線を這わせながら、ぼんやりとこれか
ら何をしようかと考えた。
 彼女はまた原稿用紙の裏に絵を描き始めた。
花だろうか、動物だろうか、どちらにしろ目
の前に見本がないものだから似ている筈も無
い。
 その横で、ぼんやりと眠る。
「……アンジェリカ」
「なにかしら」
「あんじぇりか」
「はぁい」
 呟く。
 彼女はまめに返事をした、何度呼んでも怒
らなかった。
「そのなまえは、わたしにはいささかよびに
くい」
 彼女は返事をしなかった。ただその小さな
手で、ぺた、と私の頭を撫でた。
「お昼寝でもしたらいいわ。あたしが起こし
てあげるから」
 そう言われるとどうにもこうにも眠くなっ
て、私はいつの間にか眠ってしまった。
 どれ程眠ったのかはわからない。外はもう
すっかりと暗く、その暗闇は室内にまで侵食
し、蝋燭が無ければ何も見えないほどであっ
た。
 蝋燭など時代遅れだと笑われるものだが、
この火の揺らめきを私は好み、これを望んだ
から、というのもこの離れを借りている理由
の一つであった。
 燐寸を擦り灯をともすと、私と、私の隣の
小さな影が動き出す。
「起きたのね」
「……起こすと言ったろう」
「ふふ、私は悪い子なのよ」
 悪戯に笑ったその顔に光が当たる。幼い顔
に影が落ちる。その影の深さといったら。
「灯りは好きよ。貴方の影がはっきりするわ」
 それをお前が言うのか、まるで頭の中が読
まれている様だ。
「本当はね、起こす気なんてなかったのよ。
もうずっと遅いから」
 時計など見えなかった、否、見る事等出来
なかった。目を逸らさないで、と、彼女の大
きな赤い目が捉えて離さなかった。
「だからね、このまま寝かせてしまおうかと
思ったの」
 こうして彼女は夜になると、私の事を存分
に子供の様に扱った。姉の如く、母の如く、
溶かすように甘やかされる。
 こんな接し方を今までされたことがあった
だろうか。実の母でさえ、私をこんな風には
しなかっただろう。
「その寝顔をね、ずっと眺めていようと思っ
たのよ」
 違う、これは今までのどれとも違う。存在
した母とも、話で聞いたのみの姉とも違う、
私の知らない存在の触れ方だ。
 蝋が融け、細長い形が僅かに崩れた。
 それを合図にするかのように、彼女は私か
ら燭台を取り上げる。
 点けたばかりの灯をふぅ、と色付くような
息をもって吹き消し、温かな部屋の空気を一
瞬でまた元の静寂まで下げてみせた。
 吐息の音だけが聞こえる。
 彼女が座り込んだこの膝をよじ登る感覚が
する。
 首元に、彼女の吐息の温かさがある。
 動く気はしなかった、動ける気もしなかっ
た。
 彼女に唯長く触れられていたいと思ったし、
四肢が蕩けているような錯覚と共に恐怖と幸
福感があったからである。
「私ね、夜が一番好きよ。こうしているのが
一番間違いがないものね」
 彼女に触れられて漸く、指先が形を取り戻
す。小さな手が懸命に指先を絡めようとする
のはいじらしく、そして切なかった。こちら
が絡めようと力を籠めれば、ぽきりと折れて
しまいそうでそれも恐ろしかった。
「私ね、夜が一番嫌いよ。折角綺麗な貴方の
眼が見えなくなってしまうものね」
 きらりと暗闇の中で何かが光った。
 それは赤く深い色をして、彼女の柘榴石で
あることは想像するに難くはなかった。瞬き
に合わせて時々消えるその石は掴みたくなる
ほどに美しく、月の光が当たると少し潤んで
見えた。
「泣いている?」
 小さく問うと、気づいたのか柘榴が消えた。
「そんなわけはないわ、私、こんなに嬉しい
の」
「ええそうよ、私、こんなに悲しいもの」
 あっちこっちと言葉が飛んでいく。
 私の瞳は何処へ行ったらいいのか。視線を
右へ左へ動かそうとも、そこには一色の黒し
か存在する物も無し。
「綺麗なオニキス、ブラックパール。貴方は
此処じゃあ生きてはいけないのね」
 聞きなれない言葉が耳を抜けていく。
 彼女の言葉は時々私の耳には慣れない物が
あり、私はそれを聞き返すことが出来ずにい
た。如何にも気恥ずかしかったのである、幼
子に物を尋ねるということが。
「ええ、ええ、構わないわ。今はそれでも、
今だけは、今だけは許すわ。私は寛大でいた
いもの」
 ぐい、と肩口が押される。
 幼子の、しかも女児による力だ、勿論の事
大したものではない。しかし私は抗わなかっ
た、抗えなかった。
 そのままにゆっくりと後ろへ倒れこむと、
さっきまで眠りについていた布団が再び私を
迎え入れる。
「でも、やっぱり悲しいわ。朝を迎えに行き
ましょう。太陽を待ちましょう。それまでは
可愛いお顔を見せていて頂戴」
 彼女は懇願するようにそう言って、またう
るんだ柘榴を見せた。
「お願いよ、向陽。お願い」
 嗚呼、やめてくれ。
 思わず叫びそうになった喉を、唇を噛むこ
とで抑え込む。
 彼女が屡々呟くこの言葉が、私は如何にも
苦手であった。喉の奥で苦い何かが零れてき
て、唾を飲み込む度にどろりと胃の中に溜ま
る様な気がした。
 実在もしない毒薬に、唯々侵されていく感
覚だけがする。
 瞼が重くなって、此の儘死んでもいい等と、
馬鹿げた妄想が頭を過る。
「あん、じぇりか……」
 呼びなれない名前が唇からこぼれ出た。
「わかっているわ、わかっていますとも」
 触れ直した指先が、今度は縺れることなく
しっかりと絡みあう。掌の擦れ合った時の温
もりは酷く心地よくて、瞼の重みがぐっと増
した気がした。
「おやすみなさいな、愛しい子。可愛い向陽ーー

 その彼女の声が頭の奥底で木霊して響き続
けている。
 そうして私は眠りについた。

* * *
 こうして書き記し、人に読ませるに当たり、
 自分で読み返し推敲するという作業は避け
て通れないものだろうと思う。
 この覚書も今回こうして人に公開するにあ
たり自分で読み返した。
 しかし何度読んでもこの覚書は彼女の観察
記録というより彼女との思い出の記録へと変
って行ってしまう。それはもう訂正しようの
ない物として私の中で受け入れられつつあっ
た。目の前の貴女も私と同じことを思うだろ
うか。それとも最初に決めた方向性を曲げる
なと憤るだろうか。
 はてさて、まぁ、それを聞いたとして、私
にその憤りを受け止める義務も無ければわざ
わざこれを捻じ曲げ書き直すだけの義理も無
いのだけれど。
----------------------------------------
----------------------------------------

[ 17/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -