仕方のない、こと。(まおこぷ)

まお←こぷって感じ。まお+こぷ以上まおこぷ未満的な。
モブがちらっちらって結構出張る感じです。
過去匂わせ
以上に注意したうえで!どうぞ!!




「そんな目で見るな」
哀しい人、苦しい人、憐れな人。救われるべき人たちは、私を見てそう言った。
私を見るな、その目を向けるな、形は違えど、人それぞれ千差万別あれど、そんな意図を含ませた言葉を吐いた。
夜闇に紛れ、シーツの海を泳ぎ、生々しい香りを纏わせて、さぁ原始からの交わりを果たそう。そう笑んだその時であった。
包もうと広げた私の身体を力任せに突き飛ばして、半ば快楽に蕩けていた瞳を驚愕に見開く。その恐ろしい表情で、仕草で、彼らは私に突き付けた。
私にはわからなかった。彼らが今考えていること、感じていること、それが何一つも分からなかった。
彼らほどではない、ほんの一欠片の驚きを含んだ視線を向けるのみ。
どうしてそんなにも狼狽えているのか、私には如何しても分からなかった。
「如何したというのです?何をその様に怯えているのです?」
たまらず、小さく問いかけた私。
吐き出すように、叩き付けるように、一つの問いかけで彼らは答えた。
その傷痕はなんだ、と。
私の身体にはいくつも、それこそ数えることを諦めてしまう程の傷痕がある。
昔々に課された禊の名残。今の私が私として生まれ直した証。神の子としての誉れ。
様々な形をもって私に与えられたもの。幼少の頃より唯一持ち合わせた、捨てることも拭うことも出来ない私の宝物。
それを指さして、彼らは言った。
汚らわしい、気持ちが悪い、思い出すのも嫌になるような醜い言葉たち。
化け物を、異端を見る目が私に刺さる。いくつも、いくつも。首から下を舐めるよう、胸、型、腹、足、じろじろ、じろじろ、私の身体に「人間らしい」場所がないか検分される。
ああ、嫌だ。そんなことをされる筋合いはないというのに。
少しでもその目から逃れたくて、傍に散らかったシーツを纏う。すると彼らは酷く怒って、詐欺だなんだと、意味不明に喚きたてた。
哀しい人、苦しい人、憐れな人、救われるべき人。
私は唯悲しかった。私が住まいたいと、この世がそうあればよいと願う神の国に、この人たちは行けないのだということが。
悲しい、なんて悲しい。それならばせめて。
私は彼らの不躾な目をそっと閉じさせて、安らかにいられるようにと祈りを捧げた。もう怒らずとも、喚かずとも、狼狽えずとも、怯えずともよいように。
天に行けぬというのなら、深く深く地の底へ。
十字の傷がまた増える。



私の抱える迷い子たちは、大きく二つに分かたれた。「私」を知る者か、知らぬ者か。
知る者は知らぬ者よりずっと少ない。私を受け入れ、私に包まれ、神の国へ踏み込もうと今生を足掻く可愛い教徒たち。
彼らはよく私の肌に触れたがる。自分の身にも既に同じものがあるというのに。まるで神に縋るように、母を乞う幼子のように、するりと私の胸元に潜り込んでは逃がさないとばかりに身体を抱き、私が制止するまでずっと私の傷の一つ一つに指を這わせて薄く弱くなった皮膚を擽るのだ。そうして、じりじりと炎を舐めるがごとく昂らされた身体を重ねて、漸く静まった夜遅くにそっと目を閉じる。
私のもとにやってくる人間はとても極端だ。
私を受け入れるか、受け入れぬか。私を慈しむか、私を甚振るか。私の傍へ寄るか、他へ乗り換えるのか。
まだ知らない迷い子と触れ合うたびに、この子は何方なのだろうかと考えてしまうようになった。
私との関係はどこか、しっかりとした形を持たない。だから、一人一人に対してそんなことを気にして考えても仕方がない。
そんなことは、こんなことを始めたときからわかっていたことだ。
最近は、どうやら少し調子が悪い。今日だって、もうすでに名前も忘れてしまった彼らの一人に詰られて、センチメンタルな気持ちになっている。
仕方がない、仕方がないのだ。
言い聞かせながら、一糸纏わぬ姿で姿見の前に立つ。古びた鏡、物心ついた時から私の記憶にある鏡。大きな鏡は、私の頭から足先までをそっくりそのまま映した。
陽に当たらない青白い肌、そこを埋め尽くそうと縦横無尽好き勝手に走る何本もの傷痕。撫でれば凹凸、固まった皮膚のざらりとした感触。むき出しになった肉は空気に触れて変色し、綺麗なんてお世辞にも言えない。
これは、化け物の身体か?いいや、神に愛されるための尊い身体だ。
だってそうじゃないか。そう思っていなければ昔の私が報われない。正直に言ってしまうと、今となってしまえば自身の身体に興味も無ければ何の感情も無い。しかし、これを刻まれていた頃の私は懸命に愛されようとしていた。泣き喚いて、歯を食いしばって、冷たい大理石の祭壇に爪を立てながら。その健気な努力を、せめて私くらいは認めてやらなくてはいけなかった。
全ては仕方ない事だった。そしてそれを仕方のない事と思える人と思えない人がいるのも仕方のない事。
では、「彼」はどうだろうか。
浮かぶのは一人の姿。ふわふわとした深い焦げ茶の髪、甘い色をした瞳、ぽこぽことピアスが目立つ形のいい耳、私と比べて少し小さく可愛い背中、ぶっきらぼうだけど優しい声色。
まだまだ深い仲とは言えない。お店に来てくれて、数回お酒を飲んだくらいなもの。肌を見せるなんて遠くて、その前に離れていってしまうかもわからない。そんな人。
そんな彼が、ぽん、と思考の中心に転がり込んでくる。ころころ、ころころ。思考を逸らそうとするたびに、こっちを見ろと主張する。だから、ずっと彼の事を考えたまま。
彼はこの体を見てどう思うだろう。憐れむだろうか、憤るだろうか。まだ傍にいてくれるだろうか、さっさと逃げていくだろうか。
彼は、どの彼と同じ顔をするだろうか。
遠い遠い、夢物語にも近い話。実現するのかどうか怪しいお話。そう思っているのに、そんな前置きを無視して脳内の彼は私の思考に合わせて色々な顔をする。
現実の彼も、こんな顔をするだろうか。
胸のあたりが、どこかそわそわとして落ち着かない。
ぺた、と目の前の鏡に手をつくと、思った以上にひんやりとしていて冷たい。一歩近づけば、吐息が僅かに鏡を曇らせた。
「だって、仕方ないじゃありませんか」
小さく白かった背中の中心、一番奥まった傷痕が、恨めしそうにじくりと啼いた。

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