首輪と十字架(豊、加々見)

気が合わない、ということは会う前からわかっていた。
鉤史路豊は目の前に座っている男をしげしげと眺め、それからため息を吐く。男の名は芦野紀加々見、豊とは同業であり、これから手を組もうとしている者。つまりはやくざ者である。艶やかな緑髪に細められた紫の目、見るからに上等そうな黒の着物。着物からちらと見える手首は細く白い。頬についた大きな傷跡ととかげか何かの刺青が邪魔をしているが、それを加味したとしても誰が見ようが加々見は「綺麗」であった。彼の傍に控える部下たちと比べてみても、また豊自身と比べて見ても、彼らの知っているような抗争という地獄などは知らないように見えた。その無知そうな印象が、豊にはどうも気に食わなかった。さらに自らの部下に調べさせた情報に寄れば加々見の父親もこの業界においても相当な権力者ということではないか。その情報を見た瞬間に「ああ」と思うところはあったのだが、こうして実際に姿を見て確信した。
「なんだ、やっぱ七光りのボンボンかよ」
そして口に出す。思ったことがすぐに口からこぼれ落ちてしまう、というのが豊の致命的ともいえる悪い癖であったが、今回もそれが災いした。無味無臭、みなが互いの様子を探りあっていた空間からどろりと一変、空気は一気に淀みを増した。この空気に気付けない者など存在しないだろう、それまでに露骨だ。二対の目、加々見の部下たちの視線が豊を刺す。たっぷりとさっきを含んだそれとの方がまだ加々見よりは仲良くできるだろう、そう豊は思った。馴染みがある、とでも言うのだろうか。
「随分な物言いだな」
豊が視線に浸っていたその時、加々見がその薄い唇を開いた。年季の入った煙管に火を入れゆるりと吸い、そして吐く。そのゆったりとした動作の中で豊に刺さっていた視線は消え、二人は再び元のまま、人形のように加々見の横ですました顔をしている。
邪魔を、横槍を入れられた気分だ。
豊はゆっくりと視界の中心を加々見に合わせた。
「まぁ、気にしちゃいねぇけどな。座れよ、御客人」
手で示されたのは彼の机を挟んで向かい側に設置されたソファー。豊はその言葉に従ってその柔らかな椅子に身を沈めた。ゆったりとした動作で組まれたスーツの足。その椅子の両脇は豊の腹心が揃って固めている。紅の髪を血止、紫の髪を仁来。前者は無、後者は呆れ。それぞれの表情で中心に座った豊の方を見据えている。勿論周囲、特に加々見の側近への警戒は怠らぬまま。
「譲ったのだ、こちらの失礼も許されよ。うちの者は何やら血の気が多くてな」
「いいや、それはこちらも同じこと。気にしたらキリがない」
外面上においては随分と和やかに話が進んでいる。双方、互いにこれから協力関係を築いていかなければならないパートナー同士だ。その関係がもたらす利益を考えるなら、一言二言の暴言等水に流す以外の選択肢はない。豊の傍に立ちながら、組織の頭脳の一役を担っている仁来は今回の会合について分析していた。この会合は今後の組の動きを左右する大事なもの。そう言い含めて在ったにも関わらず飛び出した豊の暴言から、彼の胃はきりきりと悲鳴を上げ続けていた。帰ったら灸をすえなければならない、そう考えていると自分が母親か何かにでもなった気分になる。性別も違うし、間違ってもこんな子供を持ちたくはないが。
「血統書付のすました犬っころなんて使い物にならんだろう?それくらいでいいのさ」
「犬?」
「そこのは、あんたを守るための番犬だろ?お姫様」
その後数瞬で状況は変わり果てた。和やかな会合?そんなものはまやかしである、欠片もその場に残っていやしない。
豊の喉元に突き付けられた刀と銃口。それを防ぐこともしないで真っ向から加々見の首へ延ばされた血止の刃。
技術畑で育ち、純粋な武人ではない仁来にはその動きの全てを追うことは不可能であった。ただその動きの結果生まれでた状況を甘受する、それだけがやっとだったのである。
「一度ならず二度までも、犬の忠義を甘く見ておいでか?鉤史路殿」
時代に遅れたマスケット銃。それを握った長身の男は自らの長い海色の髪を掻き上げながら言った。諌めるような口調、だがそこに敬意など欠片もなく、また慈悲も存在しない。今にもその銃口から弾丸が飛び出しそうで、周囲に並々ならぬ緊張が走る。そして刀を握る橙の男からは最早言葉もない。色を亡くしたような顔で淡々と豊を視界に収め、その手だけが許しがたい激情に震えていた。
二人からの殺意を二度受け止めてなお、豊は笑う。そしてそれは加々見も同じ事であった。何事もなかったように彼は言い放つ。
「成程、的を射ている。ただし、それもそちらも同じことでは?」
「いやいや、それはまた違うこと」
カチリ、と加々見の首元で刀の柄が鳴る。一瞬だけ目が合い、血止は加々見に微笑んだ。その目には何の感情も見受けられない。その赤色の奥は風のない湖のようにしんと穏やかで、彼の心の中も同じようなのだろうと感じた。
「それは俺を守りたいんじゃない。『俺が負けること』を防ぎたいのさ。こいつの中にある負けなしで最強で理想的な俺を守りたいのよ」
つまりアンタが姫なら、俺は神なのさ。
ひたり、と加々見の首に刃は張りつく。言葉を聞いて加々見は納得した。血止の目は本気で、ただ目の前の首に興味があるだけなのだ。豊が死のうが生きようが、どうでもよい。それが悟れぬ加々見ではない。自分の死は、このままならば確定する。
「一ッ葉、寿々波」
「帰って来い、血止」
声と共に三人がそれぞれ武器を収める。二人はそのまま、血止は加々見に向けて一礼すると、各々自らの主の元へ戻っていく。先ほどまでの空気はなんだったのか。従者とは違い主は双方とも笑顔であり、コロコロと変わりゆく空気についていけそうもなかった。
「神とはまぁよく言ったものだな。木偶を従えて楽しいのか?」
加々見は切り出す。たっぷりと毒を含んだその物言い、戦場は舌先の者へと移り変わっていったらしい。その様子を見て、豊もその戦場に乗り上げる。
「ワンちゃん侍らせてお遊戯するよか遥にマシな気分だぜ」
「それは忠義も何も持たない。エゴだけ抱いた阿呆だぞ」
「飼い主がいねぇと何もできねぇよりゃあいいさ。寝首掻かれたそん時は、俺が弱かっただけのことよ」
打って変わって今度は従者たちがくすくすと笑いだす。先ほどと同じだ、外面はいい、だが纏う空気のみが凍っている。
豊と加々見、二人が挟んでいる机の上には、取り残された様な日操作を含んで同盟成立の契約書が乗っている。それに今日サインはされるのだろうか。最終的に血糊がついてお払い箱、という展開だけは是非とも回避してもらいたい。少なくともこの場において、仁来だけはそう思っていた。
「貴殿とはあまり気が合わないようだな」
「おう、俺もそう思っていたところよ」
そんな仁来の願いとは裏腹、上司と取引相手の言葉は不穏極まりない。
加々見は机の上から契約書を取り上げると、空中でひらひらと振って見せた。
「そちらは数日後に討ち入りだそうだな。その際、うちから兵を貸そう。そこでの様子次第で、これにサインをさせてもらう」
ひらひら、ひらひら。わずかな吐息でさえ紙は踊る。その踊り子の手を取り口づけながら、その口元までは見えないまでも加々見は笑った。
「精々、上手く立ち回るんだな『神様』」
神をも弄ぶあなたはいったいなんだと言うのだ。
その問いに答える者もなし。

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