彼という人について(緋乃斗、一ッ葉)

一ッ葉、そう一言呼ばれる男の人がいる。
まず目立つのはその恵まれた体格。二メートルはあるのではないかと思われる高さと、みっしりと無駄のないよう肉の詰められた横幅。人混みに紛れようと彼の周りは放つ雰囲気からか少々隔離されたような隙間が空いている。彼が本気を出せばモーセのように海を割ることも出来るのではないか、そう錯覚させられて、初めは末恐ろしく思ってしまうものだ。
そして次は背中に垂れる鮮やかな色をした髪の毛。彼の髪は、空とは少し違う、海に近いような深い青色をしていた。一度聞いてみたら、瑠璃色というらしい、と苦笑交じりに教えてくれた。瑠璃、ラピスラズリ。照れる理由も少しわかる気がする。多分、自分が同じ色だったらそんな反応をするはずだ。だが彼の雰囲気などを見ているとそんな照れることもないのに。とにかく、そんな髪が、頭の高い位置でまとめているにも関わらず背中の中腹あたりをちろちろとくすぐっている。きっとおろしてしまえばその長さは腰や尻にまで達することだろう。それを揺らしながら颯爽と歩く彼はとても絵になった。彼の顔はそう悪くはない、前述したような恵まれた体躯もあるし、モデルだのタレントだの、そっち方面のお誘いも少なからずあるようだった。だが彼はその申し出に一度たりとも頷くことはしない。そういうときは決まってポケットをまさぐり、休みの日でも肌身から離さない軍人としての身分証を見せるのみだ。申し訳ないが、と少しの罪悪感をにじませた笑顔はどうもあきらめを誘う。その笑顔につけ込み安さを感じるものもいるようだが、そんなことをさせてなるものかと思った。
「一ッ葉、さん」
自分もそう背が低い方ではない。だがそこを持つのが一番収まりがいいと思われる服の裾を摘んで、彼の顔を見た。
「緋乃斗殿?」
行きましょう、と彼の裾を引いて先を促す。強く引っ張ったわけではない、指先で出せる程度のほんの軽い力だ。それに軍人である彼とウタヨミである自分とでは力の差は歴然である。振り払おうと思えば彼には簡単なこと。でも彼はそうしないで、苦笑した顔のままこちらの思うままにしてくれる。優しい人なのだ、いつだって、彼の傍にいるとそう思う。だから自分は、彼のことが大好きだ。
「お手間を取らせまして、申し訳ありません」
囲んでいた人混みを交わし、静かな公園のベンチに陣取ったとき、一ッ葉さんは自分に謝罪した。彼が謝らなくてはならないことなんて一つもない。ぷるぷると首を横に振ると、彼はさらに小さい謝罪を重ねる。そんなに謝られるとこちらが困ってしまうじゃないか、なんて文句が言えるわけもなくて、なんとなくでわしわしとその髪を撫でる。
「!!!???」
もちろん頭を撫でるなんて出来ないから、背中に垂れている髪にするすると手を這わせる。さらさらだ、触り心地はとってもいい。仮眠室を根城にするこの人は、自分と同じ寮にあるシャワーを使っていると聞いたことがある。備え付けてあるものでこんな髪になるのだろうか、それとも持参しているシャンプーなどがあるのか。普段はそんなこと気にもしないくせに、今はすごく気になった。撫でている反対の手で自分の毛をちょいちょいと摘んで確かめる。少し痛んでいて、あまり気持ちよくない。
「い、如何しました……?」
いい加減居たたまれなくなったのだろうか。たっぷり三分ほどたっただろう頃合いで声がかかる。おどおどとして、どこか落ち着かないような、いつもの自分のような、そんな感じ。
少し気分がよくなった。
いつもの彼はどんなときだって誰かに頼られている。演習の時も、ただの事務仕事をしている時も、この人の傍には絶対に誰かがいて、それが満更でもないような顔をして世話を焼いている。「お母さん」なんてあだ名で呼ばれても、口先だけ訂正を入れているものの受け入れてくれているし、ほんの少し喜んでいるのも知っている。みんなから好かれている、頼りがいのある人。それが今いる隊の中での彼の立ち位置。それが自分の前でぐらぐらと揺らいでくれている。
なんとなく、可愛いと思った。
「なんでも、ないです」
名残惜しいけれど、そろそろ彼が困ってしまいそうだ。手を膝に戻し、じっと顔を覗き込む。まだ目線がふらふらしている。落ち着いてない。そんな様子にちょっと口角をあげながら、ひょいと立ち上がる。
そうだ、ナンパをされるためにわざわざ外へ出てきたわけではない。おつかいだ、買い物を頼まれている。お菓子とか、文房具とか、他愛のないものばかりをごっそりと。
「そろそろ、行きましょう。日が暮れちゃう」
両手を出して、掴んでくれとせがむ。体格差が大きい彼を引っ張るには、情けないとは思うけれどこうして全身を使うしかないのだ。重ねられた手だけでも大きさが一回りほど違う、それに、彼の手は傷だらけで硬くて、しっかりとした軍人の手をしている。そのわりにはつやつやとして綺麗な爪がアンバランスで、それを少し恥ずかしいと思っている所がまたいいのだ。
「先生への、お土産も買いたいんです。御煎餅じゃなくて、あまいおやつ」
しょっぱいだけじゃあ体に悪いです。
そんな無駄口を叩きながら、掴んだ両手を引く。思いのほか軽かった感触にまた少しうれしくなって、笑みが深くなるのが自分でもわかった。
「そうですね、参りましょうか」
二つ結んていた手を一つにして、ぽつぽつと人が増えだした八つ時の公園を歩きだす。空気が澄んでいた。空が青くて、時々鳥の声がして、緑も鮮やかに見える。
ああ、今日もいい天気だ。
そんなのどかなことが言える程度には、この人の傍は生きやすい。


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