少年よ、大志を抱け。(加々見)

「おい、じじい」
赤絨毯、大きな執務机、大きな窓からは町の景色がよく見える。そしてその窓の両脇では上等な布地のカーテンがふんわりと揺れていた。
その中で芦野紀加々見は眉間にしわを寄せる。目の前にいるこの部屋の主に暴言を吐きながら。
「おお、来おったか」
執務机を陣取っている男は加々見の顔によく似ていた。だがその顔は加々見の物よりも幾分か年が刻まれている。そのせいだろうか、その雰囲気にはどっしりとした重みを感じた。
気付くのは簡単だろう。家族の者だ、親子だ、見ればすぐにそう悟られることだろう。
「呼びつけんじゃねぇよ、こっちだっていろいろ忙しいんだ」
「数日ぶりに顔を合わせた親にそれか。変わらんな、お前も」
「知らんね、俺の頭の中は戦でいっぱいさ」
加々見はまるで軍人の鏡のような男だった。目の前にいる軍人の父もそうあれと願った。だから「鏡」をもじって加々見と名付けられた。体を鍛え、心を鍛え、皆を統率し、だが奥まった場所に隠れることなく先陣を切る。武神の如き男になれと、彼はそう望まれてきた。そしてそれに、彼なりの方法で応えてきた。それが今彼を形作る物の全てだ。武勲を上げること、それが今彼に期待されていることの全てだ。。
「で、何の用だい親父殿。下らんことなら、うちの鷹をけしかけるぜ」
「それだそれ、それが問題なのだ」
「どういうことだ」
加々見の部隊には、一人鷹匠をやっている男がいた。鷹を手名付け、諜報や攪乱に活かす。それがその男の持ち味だった。それを奪うわけではないが、加々見はそれに惹かれた。そして、それは加々見の目標にぐっと近づく一歩になる。彼はそう考えたのだ。そして彼は、部下である男に立場を無視して頭を下げた。
「また東の国に鳥を飛ばしおったな。今度はなんと言い訳するつもりか」
「いいわけとは何だ、立派な理由じゃねぇか。うちの愛鳥は自由気ままでね、ついついどっかに行っちまう」
「加々見!」
父親は知っていた。なぜ加々見が鷹を飛ばすのか。決して偶然ではない。もう加々見が鷹を扱い始めて二年になる。加々見の飲み込みは早く、最初の一年で既に存在していた科学技術と組み合わせ、鷹を思う場所に飛ばすことが出来ていた。
父親は思っていた。自分の息子は、自分の贔屓目抜きにしても、天才であると。そしてわかっていた。自分の息子が、この男が、何を成し遂げようとしているかを。
「親父殿にはわからないだろうさ。ここでまるで遊戯板のような戦場を眺めている親父殿には。俺には別のやり方がある。あいつこそ俺の戦場さ。口出しはしないでいただきたく存じます、中将殿」
加々見は軍帽を被り直し、改めて父親に向きなおった。
「ただ私の思いは他の者と同じです。仲間を欠くことなく、迅速に、この戦の幕を閉じたい。ただ、それだけです」
失礼します。
そして加々見は口を閉じた。父親は何も言わない、何も言うことはなかった。上司としても同様だ。子供は男になった。信念を持ち、自分で持った日本の足でまっすぐに立つ漢になった。それをどうして咎めることが出来るだろうか。そのようなことは、出来ない。そして父は、上司は、昔の記憶に思いを馳せた。かの者も昔は、このように無茶を犯していたのだ。
「部隊長!」
加々見が部屋を出るとすぐ、一人の青年が彼に声をかける。セリフから察するに彼の部下なのだろう。にんまりと口の端をあげると堅苦しく閉められて軍服の前を緩め、加々見は速足で歩きだした。
「人員補充は出来たか?」
「ばっちりです!五番隊の奴ら、ぎったんぎったんにしてやりますよ!」
「その意気だ。慰澄と晴果の準備はしてあるな?」
「隊長のこと待ってますよ」
「よし、演習行くぞ!」
いつの間に集まったのだろう、その声に従う者は多かった。その声の多さが彼の誇りであり、そして確信につながるものなのだろう。
あなたは間違っていない。
そう告げてくれる音なき声なのだろう。


[ 9/13 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -