子育て日記(ロブ(うちよそ))

経緯はすっ飛んでおりますが、ホモのカップルに子供が出来ております。
そういった表現はないですがご注意ください、苦手な方はバックお願いします。













ぺちぺちと頬に何か当たるのを感じて、ロブはその青い目をゆっくりと開けた。そして数瞬を要しつつ自身の状況を確認する。
ああ、いつのまにか寝てしまったのだ。
そう気づくまでに時間はそうかからないだろう。
彼が寝ているのはリビングのカーペットの上で、掛け布団も何もなかったが、暖房と窓から差し込む温かい光のおかげで寒いとは感じずに済んでいた。だがしかし、これだけで寝てしまうとは到底思えないのだ。ロブはとりあえず身を起こし、それから
「ぱーぱ」
フリーズ。
なるほど、彼を起こしたのはこれだったか。仰向けに寝転げていたロブの腹の上ではもぞもぞと丸くなった何かが蠢いている。彼とよく似た赤の髪がふわふわと揺れている。最近生えてきた触角に関してはいろいろと諦めて目をつぶることにしたのだ。
「ぱーぱ」
子供だ。
小さい体、温かい体温、柔らかい皮膚、ミルクの香り。
それらが今、すっかり鍛えられて硬くなったロブの身体に乗っている。楽しいのだろうか、楽しいのだろう。幼い顔は好奇心に満ちて、半分起きた父親の身体をよじよじと登りだしている。
ああ可愛らしい、ふよふよと揺れる髪の毛を見つめながら、少しずつ登ってくるわが子を見つめるロブ。
子供が来る前は刺すような目つきをしていたものだが、子供が来てからというものすっかり丸くなってしまったものだ。身内だけではなく、外に対しても不愛想を超え時折ブリザードと称されていた態度はほんの少しだが温かくなったし、付き合いの飲み会にもほんの少しであるが、一次会に全部出席すれば御の字程度のものであるが、顔を出すようになった。それは周囲も認めるほどのものであり、最初意識を全くしていなかった本人を驚かせたものである。
とにかく、この小さな動物は一人の男の中で一つの改革を起こして見せた。これもまた、本人の意識していないところであるが。
「頂上到着だ」
そのふくふくとした唇がロブのそれと触れる直前。彼は軽い体を抱き上げた。キスをしてやってもよかったが、どこか遠慮がちである。抱え上げた体をそのままに自分の身体をちゃんと起こすと、落ちないように器用に片腕で抱え上げる。
わざわざ起こしてきたのはきっとご飯の催促だろう。
のっしのっしとキッチンへと歩くその姿はぎこちないがちゃんとお父さんであった。
「シャラさん」
キッチンへと行く前に色々と寄り道をした。
寝室だったり、書斎だったり、トレーニングルームだったり、見られるところは全部見て、そこからキッチンへとやってきた。
だがロブの目にも子供の目にも、愛していると常日頃から叫んでいる妻の姿はない。二人揃って頭に「?」を浮かべる様子はまさしく親子であったが、そんなことを気にしている場合ではない。きょろきょろと見回してみても探している背はないのだ。
「…………」
自分の眉間に最大に皺が寄っているだろうことはロブ本人にもわかっていた。うにうにとそれを空いた手で揉みこみながら、何とか生まれかけたもやっとした気持ちを消化しようとする。
今までは二人でいればそれでいい、一人の時間なんてとんでもない、さびしい、死ぬ。などと子供のような駄々を密かに(たまに盛大に吐露しながら)こねていたロブであったが、子供が出来たとなればそういうわけにもいかない。子供なんて泣いて泣いて泣いて大人を振り回すのが仕事のようなものだ、当然育児疲れもするだろう。平日日中は仕事に出ているロブとは違い、今目の前にいない奥さんは育児休暇中、つまりずっと振り回されっぱなしであるわけだ。たまには、ロブのいる休日くらいは、一人の時間を満喫し存分に休んでいいことだろう。わかっている、わかっているのだ。
それを飲み込めるかはまた別問題であるが。
「あー」
そのロブの狭い心を咎めるように幼い声が上がる。まだ生えそろわない小さな歯でがぶがぶとシャツの布を噛みながら、うーだのあーだの、かろうじて何かを訴えているとわかる仕草をしている。
自分の欲望に忠実に、何が何でも自分の思い通りにさせる。
「お前は俺似だな……」
触覚をついついと擽ってやりながら、入り口で止まっていた足をキッチンの中へと進めていく。
まだ時刻はおやつの時間と言った頃合だし、あまりたくさん食べさせてしまうと夕飯を食べなくなってしまうのでそれはいただけない。
そこでロブが取り出したのはいつも食べさせている離乳食ではなく食パンであった。これならば量の調節は楽であるし残ったものは食べてしまえば無駄ではない。寝起きのロブも小腹がすいていたようだし、なんとも便利な点の多い食材だ。
赤ん坊の椅子に座らせて、落ちないように机もセットする。食パンをちらつかせるとくれ!と言わんばかりに手をバタバタと伸ばしてきた。本当に誰に似てしまったのか貪欲である。
「ちょっと待て」
渇いたパンをそのまま食べさせるわけにもいかない。小さくちぎったうえミルクに浸してから口元に持っていってやるとロブの指まで食べそうな勢いで口が開く。その食いっぷりは見ていて気持ちがいいとすら思えるほどだ。
ちぎっ、スッ、ばくっ、もぐもぐもぐ……、あ
このローテーションを何回繰り返したことか。三分の一程度で済ませておこうと思っていたはずだったのにいつのまにか食パンの三分の二ほどが消失しかけている。
これはいけない、シャラさんに怒られる。
残りの三分の一はあっさりとロブの胃の中に消えていった。呆然とそれを見つめる子供の視線はかわしつつ、再びその小さな体を腕の中に収める。
食べ過ぎたなら、運動させて燃やせばいいじゃない。
単調な考えである。元々いたリビングに戻ると、まだ日はさんさんと窓から差し込んでいた。そこにちょこんと陣取り先ほどと同じように腹にわずかな重みを感じる。そうすると決まったようにする行動があるのだ。遊べ!どこかへ連れていけ!とねだるように、じたじたと暴れ出す。乗った腹の上でどすどすとバウンドし、疲れてねっ転がればバンバンと胸板を叩き、あーあーと喚く。
すっかり親バカになってしまったロブからしたらそんな仕草もかわいいしそれくらいでダメージを受けるわけもないからただ残るのは可愛い小動物を見たあとのような心の中のぬくもりだけだ。
うちの子は可愛いな。
声には出さないもののしみじみとそんなことを思っている。そうして一分、三分、五分と意味のない時間を過ごしていく。そこまで来ると生まれたばかりの身体はすっかりスタミナ切れを起こして、くったりと力を抜いてすやすやと寝息を立てているのだ。その寝顔と言ったら、妻の面影のありありと残したものである。
「シャラさん……」
そろそろ帰ってきてくれるだろうか、ぼんやりと妻の帰りを待ちながら、ロブは先ほどまで感じていた微睡をじわじわと思い返していた。彼が帰ってきたらおかえりと言ってやらねばいけない、そうすると今眠ってしまっては確実にそのタイミングは逃してしまうことだろう。それはいけない。
目を擦り、身体を伸ばし、何とか眠気を逃がそうと足掻く。だがしかしそれは結局無駄なあがきとなって終わってしまうのだ。ロブの胸の上には最高の睡眠導入剤が寝転がっている。子供の体温というのは大人よりだいぶ高く、さながらカイロのように重宝される。
『そういえば、さっきもこれで寝たんだったな……』
一時間ほど前の自分の失態を思い返しながら、ロブは瞼の重みに負けてしまった。

*  *  *

「ただいまー」
声が家じゅうに響き、壁が少しずつ吸収していく。靴を脱ぎ、スリッパへ履き替え、ぺたぺたとリビングまでの道を歩きながら、ひょこひょこと途中にある部屋を覗いて行った。買い物に出る前には寝ていたはずの夫だが、もう起きていてもいいころだろう。そう思っていたシャウラであったが、リビングについてから溜息と共にその考えを撤回した。落ちかけた日はオレンジ色になって、クリーム色のカーペットの色をさらに濃くしている。彼の身体をすっぽりと包んでくれるはずの腕にもその光は当たっていて、ついでに逃げ出そうと暴れる我が子をホールドしていた。
「まーま」
助けて、と言われている気がした。腕を外してやるとよじよじと身体のぼりを始めてしまう子を抱き上げ、シャウラはそのままキッチンへの道を行った。
「パパはお疲れだねぇ」
育児休暇を自分がもらってしまった分夫に割り振られた仕事は少なくはないのだろう。それを毎日なんとか定時までに切り上げて帰ってくる。休日は何かと疲れているだろうと口にしながら子供の世話をしてくれる。疲れがたまっていないわけがないのだ。
「今日のご飯はラーメンにしよう。ね」
「あー」
以前おいしいと言ってくれたあのメニューの頭に浮かべながら、シャウラはミルクの匂いのする頬に一つキスをした。


藤憑・伊達さん宅のシャウラ君とのうちよそ作品になります

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