知らなくてもいいこと(ロブ(うちよそ作品))

境界なんていらない、融けてしまえたらきっと楽だろうと思った。体の端からとろとろと形をなくし、そのまま一緒に流れていけたら、縛られることもなく楽だろうと。柄にもなくそう思ってしまっていたのは、きっとどこか生暖かいこの空気のせいなのだろう。
だがしかし、そらす事もできずに突きつけられた現実は、しっかりと形を持ったこの体は、そんな甘えを許してはくれない。
その厳しさに若干目を細めながら、目の前にある青白く細い体を抱きしめながらしっとりとしたその肌の感触を確かめた。
すべすべとして心地いい、だがその体は腕を回すと大分スペースが余る。その事実がどこからかもやもやとした気持ちを胸の中につれてきた。せっかくいい気分であったというのに。
もやもやを誤魔化すように背中に流れている髪の毛に鼻を埋めると、少しくすぐったいような、ほわほわとした感じがした。自分と同じシャンプーの匂いにほんの少しの優越感も。
この人も、この匂いになれてくれただろうか。
さらにぺたぺたと手を動かすと、先ほどまでの時間の名残だろうか意識のない体がぴくりと動く。起こしてしまっただろうか、のぞき込んだ顔はほんの少し赤が差していた。薄く開いた唇をもごもごと動かして、何か言いたげにはしていたが声は出ない。まるで赤ん坊に返ってしまったようだ。その可愛らしい反応に口元をゆるめながら再び額を彼の背に当て、パタンと目を閉じた。呼吸をいっそう静かにして、眠るような姿勢をとる。だが意識を沈めることはしない。きっと沈めたら最後明日……今となっては今日か、の仕事に遅刻してしまう。仮眠を取るにはこの体は少々疲れすぎたし、時間が足りない。眠ることはもう諦めて、このまま仕事にいこう。残されたほんの少しの時間は、目の前にいる存在に癒されることに費やそう。

「シャウラ、さん」

目を閉じれば耳の感覚がやけに鋭くなる。呟いた自分の声が他人のもののようにやけに甘ったるくて胸焼けしそうで、アルコールでも入っていそうだった。出してから少し恥ずかしくなって身じろぎをすると、布ずれの音がやけに生々しく聞こえる。
ぐるぐると回る思考の中では音をきっかけとして先ほどまでの情景が何回も繰り返し再生されていて、結局羞恥は消えない。それどころか増幅している。どこに行っても何をしても甘ったるいあの地獄が待ち受けている。どこまで行っても自分の感情に焼ききれるだけ。
先ほど彼のことを軽く笑ったが、自分もまだ名残を拭い切れてはいないのだ。
がっつきすぎた、素直にそう思う。若さ故の過ちと言ったところだろうか、自分で言えたことではないけれども。
すっかり顔が熱を持ったことが自分でもわかる。こんな姿を、目の前にいる彼にだけは見せられないと思った。彼の前でだけはかっこいい人間でありたかった。多少無理をしてでもいい、それによって生まれる疲労感ももはや心地のいいものだ。その分だけ彼のそばにいられるのだと思えば、それで。こうして一緒に暮らせているというのも過ぎた幸せだ。以前信じられないと言った彼を叱ったことがあったが、時折俺も同じ理由で壁に頭をぶつけてみるのだから洒落にならない。もうそんなことをしなくていいようにと指輪を買ってみたが、我ながらいい案だったと思う。少しぶかぶかな指輪を見て表情をやわらかくする彼は可愛い、とても可愛い。恋人の欲目などでは決してなく可愛い。その指輪をいつかぴったりにしてみせるという目標もできた、すばらしい。だがしかしとにかく可愛いのだ、こちらが心配になるくらい。

「仕事行きたくない……」

こちらが駄目人間になってしまいそうなくらい、心配なのだ。他に彼にほれ込んでしまう女やら男やらが山ほど出てきてしまったらどうしよう。先ほどの融けてしまいたいもかっこよくありたいも結局はここにつながってくるのだが、これだけは何回考えても拭えないもので、ぐるぐるする。
もぞり、と目の前の人が動いて思考が止まった。もう朝になる、また、かっこよくならなきゃいけない時間が始まる。
まずはひとつキスをしてから朝食を食べましょう。ハムエッグにトースト、サラダにコーヒー。用意している間は身支度を整えていて。

「おはようございます」

俺のくだらない考えなんて、あなたの前では塵芥も同じだから。




藤憑・伊達さん宅のシャウラ君とのうちよそ作品になります。

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