高望みはしない(キルヴェラ、フォルテラート)

さっさと死にたいのだと、この人は言った。
酒や煙草、それに喧嘩。この人は法に触れない程度の体に悪いことをしこたま好む。今現在は喧嘩処理の仕事をわざわざ大ごとにして、その体を傷だらけにしていた。俺の肩にずしりと預けて、ケタケタといつものように笑ってもごもごと言う。。
「50はいかなくていいわ、40ちょいくらいで」
提示した寿命は平均の丁度半分くらい。人にしては短すぎるくらいの時間。
いつもの戯言だとして流してしまうのが一番早い。だが、いつものようにその言葉はまたきりきりと胸を締め付けて痛みを生んだ。
「早すぎやしませんか」
苦い顔をしてようやく返した言葉に、あの人はけらけらと笑った。
「いーんだよ、俺はそんくらいで」
口の中に溜まった唾液を吐き出して、ポケットから取り出した煙草をくわえる。道端に落ちたその若干泡立った液体は少し汚い赤い色をしていた。もしかしたら、今くわえたそのフィルターにも同じ色がついているかもしれない。盛大に亀裂が入っているであろうその口は痛むはずだった。
「家に帰るまでくらい待てないんですか」
「待てねぇ。火」
「今持ってないです」
嘘をついた。服のポケットにはちゃっかり預けられている、というか押し付けられたジッポライターがちゃっかりと我が物顔で収まっている。歩くたび、俺の脇腹を叩いて存在を主張する。でも、出してなんかやるものかと思った。
「煙草、やめてくださいよ。あと、喧嘩も」
ずっと思っていたのだ。
酒なら俺もいくらだって付き合います。一緒に肝臓やら腎臓潰したって構いません。
でも煙草は、煙草だけは嫌いだった。煙には噎せるし、部屋の壁紙は変色する、洗剤の匂いだって台無しにする。まさに百害あって一利なしだ。自分以外のものまで犠牲にしなくちゃいけない。
俺がもし煙草が吸えたら、まだ許せたかもしれない。だが初めての一本をこの人からもらったのがいけなかった。この人のは無駄に濃くて、俺は大嫌いになった。一本でこれは凶器なのだと悟ってしまった。
この人が死ぬ、創造すら出来ないそれが怖かった。
「いいことないですよ」
肺癌ばっちこい、なんていつも笑ってこの人は言うが、それも冗談じゃないと思う。見舞いとか、世話とか、仕事の後任とか、色々面倒じゃないですか。ふざけんじゃねぇって話で。その話するたびに胸糞悪くなるんですよ。ねぇ、わかってますか。
「どっちもやめたらストレスで死んじまうよ」
ああ、やっぱりわかってもらえない。
俺は盛大にため息をつきながら、時々もつれるこの人の足をずるりと引きずった。
「おい、キル」
こぼれてきた文句には聞かないふりをして、人体模型でも運ぶみたいに引きずる引きずる。
このまま磨り減ってしまわないかと思った。死ぬ死なない以前の問題で、砂になって消えてしまえばいいと思った。
もういいですよ、高望みなんてしないから。
「俺の前に死なないでくださいね」
もう置いていかれるなんて真っ平です。
かわいいやつめ、そう一言言った年下の男は、またひとつ赤い唾を吐いた。

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