休日の過ごし方(キルヴェラ、フォルテラート)

キルヴェラ・クラエは本日非番であった。
しばらくぶりの休日。先週、先々週と休みを削られた怒涛の14連勤を終え、そこからようやく勝ち取った2連休である。少ないだの、労働基準法違反だの、言いたいことがある方はそっと目を瞑ってやってほしい。その2日間の休日は、キルヴェラにとって砂漠の中のオアシスも同じなのだ。小さくてもいい、そこにただあるだけでいい、そんなレベルの代物なのだ。昨日も3時間ほど押し付けられた(抵抗など勿論できない)サービス残業を終え、日付が変わる頃に疲れ切った身体で着の身着のままベッドに上り、「もう休みだ……」などと独り言をまるで遺言のように呟いてから眠りに落ちた。このまま泥のように、汚い色に変色したスライムのように寝て、昼、あわよくば夕方に目覚めよう。その頃には幼馴染であるフォルもずれこんでしまった仕事を終えて、どこかの居酒屋で夕食を囲めるはずだ……そう予定を立てていた。そしてここで言っておこう。予定というものは、彼の場合に限り、崩されるためにある。

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン

まず最初に崩されたのは起床時間だった。最悪な一日のはじまり方である。けたたましいほどに鳴らされたのは玄関のチャイムの音で、あまりの煩さに温厚な彼には珍しく「ファック……」などという汚い言葉が聞こえてきた。疲れているのだ、ゆるしてやってほしい。無視しようか、とも頭の片隅でちらりと思ったが、出るまでこの音の洪水は続きそうだ。苛立ちからかぐしゃりと髪を乱し、やけに冷たく感じる床に足をつけて、ペタペタという音をかき消されながら玄関を目指す。道のりがやけに遠く感じた。
「はい……」
「ああ、いた!!ごめんなさいねぇ、いきなり!」
扉の前にいたのはなんてことはない、隣の家の奥さんだった。仲は悪いわけではない、寧ろ良好。時々宅配物を預かってもらうから、釣りの成果などをおすそ分けしたりしている。時折開く飲み会での騒音も我慢していただいていたりして、まぁ助けられている存在だ。
「どうかしました……?」
「あらぁ寝てたの?駄目よ、早く起きなくちゃ!」
「はは……」
本当は少なくとも昼まで寝る予定だったんです、あなたが起こさなければね。……とは言えなかった。言ったら最後、愚痴がだらだらと延々と出てきそうだったから。そんなキルヴェラの脳内は知らずに、奥さんはべらべらと話を続けている。とりあえず早く切り上げて二度寝をしたい。その一心で話を聞いていた。
「で、ご用件は……?」
「あ、そうそう!この前美味しい魚貰ったでしょう?だからお返し!男の一人暮らしだからって栄養はしっかり取らないと駄目よ?」
胸に押し付けられたのはビニール袋に入った野菜たちだった。トマトの赤だの、キュウリの緑だの、トウモロコシの黄色だの、いろいろ頭をのぞかせている。つやつやとした、採れたてとよくわかるそれらは美味しそうだ。唯一残念なのは、キルヴェラの目には眠気のためかただ色のついた何かとしか見えていない点である。
「あ、りがとうございます……」
なんとか礼を言い、扉を閉めようとする。奥さんはもう扉の前から消えていて、隣からバタンと音がした。奥さんが早いのか、キルヴェラが遅いのか、答えは勿論後者である。時間をかけなんとか鍵まで閉めてから息をついた。がさがさとビニール袋が音をたてる音に急かされて、袋ごと冷蔵庫に突っ込む。野菜室じゃない冷蔵室。そんなことも気にしてられなくて、とにかく彼は眠りを欲しがっていた。
「もう一回……」
いい夢だった気がするから、あれが見たい。嘘、そんな暇もないくらいぐっすりだった。いや、悪夢だったから別の夢を。ぐるぐるいくつもの思考が回ってきて、気持ち悪くなってくる。倒れるようにベッドに戻り、肺を空にするように息を吐く。とろとろと融けていく脳内を感じながら、その心地よさに酔っていた。脳ってアルコールで出来てるのかな、そんな馬鹿な疑問さえ本気で考えだすくらい。あと少しで落ちる。そんなとき。

ピリリリリリリリリリリリリリリ

初期設定から何も変えてない着信音。画面に表示される「職場」の2文字。このまま電話機を窓から捨ててしまいたい。ガッ、と勢いよく端末を握りしめたあたりでキルヴェラはなんとか思いとどまった。今非番の自分にかけてくるということは確実に緊急の用事だ。今日の勤務は確か年下の彼であり、ここで無視したらなんとなく可哀想だ。罪悪感すら覚えそうである。というかそもそも彼は電話に出なかったらエスケープしそうだ、洒落にならない。こういう時に、自分の性分が憎らしく思う。考えれば考えるほど「無視する」なんて考えは彼方に離れていってしまうのだから。
「もしもし……」
「あ、キルー?ちょっとわからないところが……」
「セイン君……」
やっぱり君か。重い頭をごとりと壁に預けて電話の声に相槌を打つ。頼ってもらえるだけ幸せだよな、そんなことを思いながら。




「なぁキル……今日ずっと寝てたんだよなぁ?」
待ち合わせの場所を職場にしたい。そんな内容のメールが昼過ぎに、誤字脱字たっぷりで送られてきたことに、まずフォルは不安を覚えていた。まったく神様はいたずらが過ぎる。最初はキルヴェラも、フォル自身も非番で前日の夜から彼の部屋に泊まり込む予定だった。そうしたら直前になって仕事が立て込み、休みを次の日にずらされることに。そこからがまず不幸の始まりだったのかもしれない。もしその予定が正しく実行に移されていれば、他の不幸はフォルが引き受けて、せめて軽減くらいはしてやれたのだから。
「や……はい、その予定だったんですよ。そう、うん」
いつもより少しよれよれになった制服を着込んで待ち合わせ場所に現れたキルヴェラに、フォルは盛大にため息をついた。付き合いはだいぶ長い、もうその姿だけで大体の予測がつく。この幼馴染はお人好しが過ぎるのだ、それこそ彼が死ぬまでその性分は治らないだろう。
「あ、これ土産です」
「土産?」
手渡された、というか胸に押し付けられた野菜を見てフォルは考える。冷えてる、冷蔵庫に入れてあったんだろう。トマトのヘタは少ししおれかけてる、採れたてではない、朝採れくらいか。なるほど。
「隣んちのババアに起こされたか、で、これを渡された」
「失礼ですよ。奥さん、まだ40にもなってませんよ」
その言葉は肯定でも否定でもない、ただ話題をそらしたがっている。図星だった時のキルヴェラの癖だ。
「うるせぇ、で?それから?」
制服に少し皺が寄ってる。いつもならアイロンをかけてからこいつは制服を着るから緊急の呼び出し、職場からだな。だが仕事をしてきただけにしちゃあ時間が余り過ぎる。
「仕事の前後、何に巻き込まれた」
「え」
「呼び出しだけじゃねぇだろ」
「あー……はは」
見抜かれている。乾いた笑いをこぼして、キルヴェラは片手で自分の目を覆った。ひどいなぁ、言わせるんですか。ああ、酷くても何でもいいから言えよ。なんて軽口を数回たたき合ってから、漸くキルヴェラは本題に入る。纏めてしまえばこうだ。
家を出てからのキルヴェラはまさに「踏んだり蹴ったり」といった様子だった。出てすぐはまず意識もはっきりしないものだから転ぶぶつかる轢かれるなど事故のオンパレード。制服のままで寝ていてよかった。服を着替えていたらどうなっていたかわからない。途中絆創膏を買おうと思って寄ったコンビニでは店員に心配されてひどく恥ずかしかった。そして職場に着けば仕事。電話してきたセインのフォローに回り、いつも通りパソコン画面と睨めっこ。気が付いたら昼食の時間なんてとっくに過ぎて食いそびれていた、腹が鳴った。こうなったら早めに待ち合わせ場所に向かおうと職場を出ればそこら辺の道端で男二人が始めてしまった喧嘩に巻き込まれ、ようやく止めたと思ったら疲労やら何やらでふらふらと足元はおぼつかない。そこに騎士団の人間が通りがかってくれたのは運が良かった。話をした内容は覚えてないが名前だけ何とか憶えている。彼はシルヴィオさんというらしい。彼には全力で土下座をしたい。すいません、ほんと、限界で。なんて言いながら喧嘩の当事者たちを預けてしまった。もう申し訳なくて顔を見るのも怖い。ほんとうにごめんなさい。そしてそんなこんなを超えてまた歩き始めたら、100メートルほどでパタリだ。
こんな不運が数時間のうちに一人の人間に起きたのだ。ぞっとする。
「で、助けてもらってお菓子もらいました」
本人はケロッとしてこれを笑い話へと変えてしまうのだが。
「ドジっ子どころの話じゃすまねぇぞ色々と。つかお前がドジっ子でも欠片も萌えねぇ」
「別に萌え狙ってませんよ。デッドオアアライブで生死の境ふらふらしながらギリギリで生きてましたよ。シリアス路線まっしぐらです」
あ、お菓子美味しいですよ。なんてのんきに目の前で貰った物らしい菓子(マカロンってやつだ)を頬張る年上の幼馴染には本当にため息しか出てこない。なんでこいつはこうなんだ、自分に関してだけはどうしてこうも駄目なんだ。前からこんな男だったろうか。もう14年の仲になるが驚かされてばかりだ。
「そういえば、ちゃんと助けてくれた奴には礼言ったのか」
「あ、言えなかったから後で言いに行きます。話したことはないですけどお顔は知ってる方だったんで」
「へぇ、誰だったんだ」
「ほら、第七騎士団のアレスさん」
「あー、あの」
「可愛いですよねー。というかやっぱ綺麗な人多い、第七騎士団」
「好みかよ」
「いやいや、そんなそんな」
だがもう今無事に会えている以上、それまでのことはどうでもよかった。どちらからともなく歩き始め、うろうろと、どこかも知らない様な酒場を目指す。うまいかまずいか、そんなもの知らない、とにかく酔うためだけに酒を飲み、家に帰って泥の奥深くに沈んで眠り、次の日は頭をずきずきと刺されながら二人で互いを馬鹿にするのだ。

キルヴェラには、フォルには、それでよかった。休みなんかじゃないような、あるのかないのかもわからない休みで、日常の喧騒の延長のような休みで、それで満足だった。






ツイッターでの企画「星座の導きに」で製作したキャラ、キルヴェラとフォルでの小話です。ツイッターにて募集をかけ、イロドリトトリさん宅のセイン君、めんでるさん宅からシルヴィオさん、藤憑・伊達さん宅からアレス君をお借りしています(登場順)。親御様ありがとうございました。もしなにか不都合などございましたらお申し付けください、訂正など行います。


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