時計の短針が四の字を指し示すと、私の目はじわり、じわりと段階を踏みつつも自然と開いた。
此の時刻、未だ日の出も無く暗闇だけが満ちる中で、冷やされて硬直した空気を臓腑の隅々にまで行き渡らせる。身体の中が冷え、頭が冷え、意識がはっきりしてしまった頃、ぽつりと頭の中に一つ言葉が浮かぶ。
嗚呼、朝に為ってしまった。
自ら怠惰を名乗るわけでは無いが、然う思わずには居られない。未だ肩まで掛かっている布団の中は体温で随分と温められていて、手放すには酷く惜しい。呼吸毎に冷える身体の中身が其の執着をじわりじわりと大きくしていく。だが然し、起きないと言う選択肢が在るわけも無い。ここで子供のようにもだもだと為ていれば後々の予定に狂いが生じてくる。私は見切りを付け、心の中でかけ声を発しつつ布団を捲った。
「んん〜……」
途端に不快感を隠しもしない声が響く。その声は円くか細く、私のものとはどう足掻いてみても違うものだ。
捲った布団の奥ではすっかり馴染んだ少女が寝息を立てている。声の主は間違いなく彼女であり、口元が細やかに動いていた。其の動きは口元だけでは無く、もぞりもぞりと布団を、その温もりを求めて全身で身動ぎをしている。その様子は年相応であり迚も微笑ましく、許せるならこのままもう一度布団を掛けて気持ち良く眠らせてやりたい。
許せるなら、であるが。
「…………」
微笑ましい其の様子も繰り広げられている場所のせいで台無しである。昨日醜態を曝したまま、彼女は私の身体の上を陣取って眠っていた。身動ぎのせいで冷たい空気が直接私の肌を舐め、身体を震わせる。すっかり乱れてしまったこの格好は酷く見苦しいだろう。さっさと整えて暖を取りたいのだが、彼女が乗っているのだから思うようにはいかない。
「杏。起きろ、杏」
非情だとも思うが仕方ない、肩を叩き、少女の名前を呼んでやる。
平素の私はこの少女のことを「杏」と呼んだ。彼女が名乗った名前は私にとって馴染みの良い物ではなく、又呼びにくいことこの上ない。響きの近い名前を宛がい、勝手に然う呼んでいると、彼女の方が慣れたのか最近は落書き用にと渡した書き損じに其の漢字ばかりを書いている。其れなりに気に入ってくれたようだった。其の名前を呼んで、彼女が無視をしたことはない。
「ん〜〜……こー、ちゃん?」
其の反面、彼女の名前を私が変えたように、彼女も私の名前を変えてしまった。「こーちゃん」と、まるで幼子に呼びかけるような其れ。もう私も二十を超えた男である。其の幼い呼び方に気恥ずかしさを覚えないわけでは無いが、お相子だと言われてしまえば仕方が無い。それに、呼ばれたとてそれを聞いている第三者も居ないのだ、気にする方が無駄という物なのだろう。
「身体の上から退け、寒い」
呼びかけ、うっすらとだが目を開けた彼女に端的に用件を告げる。目は開けたものの、彼女は未だ起きない。此の後彼女は再び目を閉じてしまうのだろう。私が着替えを済ませ、母屋の仕事を粗方済ませ、自分用の朝食を持って再び此処離れに戻ってきたとき、漸く彼女は布団から抜け出して私を迎えるのだ。
寝る子は育つと人は言うが、眠りすぎるのも如何なものだろうか。成長に悪影響などないのだろうか。
然う問い掛けてみても彼女は全く気にした様子も無く、其の調子を崩さないままでいる。
「やあ〜〜〜、ねる〜〜〜」
「起きろとは言っていない。退け」
「こーちゃんおきたらわたしがさむいぃ……」
「布団があるだろう。今なら未だ温かいぞ」
「こーちゃんがいいの〜やだ〜〜〜」
自らの欲望に忠実な彼女のこと、こうして駄々を捏ねるのも珍しいことではない。然し此処で勝ちを譲ってしまうと私は仕事が出来ないし、風邪を引くし、抑も絵面が悪い。此の様子を他人が見たらどう思う?私の印象は唯の変態まで落ちぶれてしまうこと間違いない。
「いい加減にしろ」
幸いにも杏の身長は小さく、又体重も軽い。無理矢理引き剥がし布団で包んでしまえば、文句は出るが直ぐに止んですやすやと寝息が聞こえて来始める。
子供体温という強力な懐炉を無くした胸板は直ぐに冷え、震えが更に強くなる前に袷を正す。
金属のように鋭く冷える其の空気に向けて、私は小さく、白く濁った息を吐き出した。
嗚呼、夜はもう明けてしまったのだ。

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