初書

(行き当たりばったり文)
(時系列すらあやふやなレベル)
(推敲なし、加筆修正の可能性大いにあります)




葉山向陽という男は、隙のない男であった。
艶やかな黒の長髪、涼やかな瞳、透き通るのではと思われる白磁の肌、すらりとした細身でありながらみっしりと肉の詰まった胴。
すれ違った女たちは法悦をその吐息に滲ませ、男たちは嫉妬などする間もなく生唾を飲み込む。手を伸ばそうものなら、ちらりと何事もないように向けられた視線一つで身が竦む。
粗を探す気にもなれない、まさにそんな男であった。
故に彼は孤独であった。
隙を見せれば何をされるかわかったものではない、隙を作ってはならない。完璧であれ、失敗を許してはならない。
常にそう自らを律し続けてきた彼に友人など皆無で、心を許せるとしたら下宿させてもらっている作家、逸見道幸とその家族くらいな物であった。許している、と言っても少し気を抜いて身の上話をすることを許す程度で、相手からしたらまだまだ隙と言えるものでもないのだが。
しかし最近、そうした「葉山向陽」の姿は彼の中で最早崩れかけていた。崩れていなければ、このような醜態を曝しているわけがない。
ぼんやり、天井の木目を目線で辿りながら、彼は乾いていた自らの唇を舐めた。
「あら、其処が寂しいの?」
声のする方へ向陽の視線が動く。其の先は自らの胸板の上、小さくてふっくらとした桃色の唇。其れを緩やかに歪ませて、声の主は、その少女は、向陽の胸に指を這わせる。
「ねぇ、向陽。そうなのかしら」
その少女は、自らの名前を「アンジェリカ」と名乗った。
ふわふわと柔らかい銀の髪。大きく優しい印象をした深い赤色の瞳。白磁の色をした顔の中心にはあどけない様に雀斑が散っている。向陽が持つ其れのようにすらりとしてはいないものの、彼のものであろうシャツからはみ出たその手足は少女らしくふっくらとしていた。
異国の香りを纏った少女。其れが、向陽の胸に乗っている。布団の上に横たえられて、寝間着にしている浴衣の袷を崩されて、半ば剥き出しになった胸の上。息をする度、鼓動を鳴らす度、全てが彼女に伝わってしまいそうで、向陽はこくりと唾を飲み込んだ。その向陽の態度にアンジェリカはゆるりと目を細める。細く白い指が脈動する彼の体を撫で、その度に震えるのを笑った。
彼女は然うして夜毎、彼で遊んだ。
「寂しいなら寂しいとそう仰いよ。アタシ、何だって聞いてあげるわ」
彼女の口振りは如何聞いたとて少女の其れではない。年を重ねる毎に得られる筈の独特の雰囲気が漂い、聞いた耳から冒されていく様な気分になる。
先程濡らした筈であったのに再び乾いてきた唇を今度は僅かに噛んで、向陽はアンジェリカから顔を逸らした。
「嫌なの?嫌と仰るの?」
ずりずりと這い上がる様にして首元にまで遣ってくると、アンジェリカは直接向陽の耳に言葉を吹き込んだ。言葉だけ見れば哀しむ淑女、しかし其の顔は年相応に玩具で遊ぶ童女の様で、其れを経験から向陽は知っていて、ぎゅっと目を瞑る。
「其処に接吻して、潤してあげましょうか」
「指で撫でて、紅でも差してあげましょうか」
「唇で食んで、荒れた皮を綺麗にとってあげましょうか」
一言一言、吹き込まれる度に噛んでいた唇が綻んでいくのがわかる。落ち着かず、平素の様に上手く鼻を使って呼吸をすることが出来ず、まるで狗の様に荒く浅い呼吸が頬を紅潮させる。
「アタシ、何だって為てあげるわ」
向陽の唇にアンジェリカの指が触れる。もう片方の手はその髪の中に潜り、飾帯を解き、敷布の上に散らして仕舞った。そのまま、そっと彼の頭を撫でる。
「アタシに全部呉れた貴方だもの。アタシ、何だって為てあげたいのよ」
強がりなんて、もうしなくて良いのよ。
ゆるりと、閉じていた筈の向陽の目蓋が開く。
まるで機械仕掛けか何かの様に首がアンジェリカの方へ向き、其の小さな胸に埋まる。
為れるが儘、求められるが儘。顔を上げ、唇を差し出す。
「アン、ジェリカ……」
隙がなく、いっそ高潔ささえ窺えた彼の顔は、知らないものは想像することも出来ないだろう程に蕩けていた。泣き疲れてしまった子供の様な、情事に耽る女の様な、其れらを混ぜて一緒に纏めてしまった様な、顔。
アンジェリカはこの顔を見るのが毎晩の愉しみであった。昼間には自分を導き、あれやこれやと世話を焼き、時には叱ってみせる保護者面したこの男が、夜に為ればすっかり真逆。可愛い顔を曝して自分に媚びて魅せるとは。
腹の奥がずくりと重くなる、まるで男の衝動をその身に覚えながら、アンジェリカは一つ、向陽の唇に接吻をした。薄くてカサカサとして、少し痛い接吻。子供にする様な其れに向陽は酷く昂ぶり、アンジェリカの小さな身体を掻き抱いた。
「アン、アンジェリカ、アンジェリカ……」
彼女の名前を何度だって呼び、荒れた吐息を隠すこともない。熱い吐息をその僅かに膨らんだ胸に感じながら、アンジェリカは背筋にぞくぞくとした快感を感じていた。
嗚呼、これだからこの子はこんなにも可愛らしい。
「ええ、然うね。然うよね……」
アンジェリカは然う何度も繰り返して、唯々其の髪を撫で続けた。
夜は未だ長く、朝までは遠い。彼女が大事に抱いている衝動をぶつけるのは、未だほんの少しだけ待ってあげても構いはしないだろう。
「良い子よ、向陽。貴方は良い子……」

そして青年は母の様な其の少女に手折られる。

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