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「それでは次へ。シリアルナンバー010」
009はいったいどこへ行ったのか。
そうした素朴な疑問が浮かんだが、そっと見ないふりをした。番号を飛ばした理由などこじつければいくらだって生まれてくるものであるし、まずは今目の前にいる彼?彼女?に集中しなければ失礼であったし、何よりも私自身がそれを許さなかった。
その私の思考を完璧に読み取ったようで、蘇芳は私を見て満足げに微笑み、そして言葉を続ける。
「紅桔梗」
「……はぁい?」
現れた人形を一言で表現するとしたら「妖艶」という言葉を選ぶだろう。
他の姉弟たちより頭身の高いその身体は手足がすらりと長く、その時点で随分と色っぽく見える。の身体をその名前のまま紅桔梗色のマーメイドドレスで包み、その腹部はコルセットによって美しく締め上げられている。
鋭い印象のハイヒールがカツカツと音を立てて私の五感全てを引き寄せ、寄せられた長い前髪が片目を隠し暴きたくなるような秘密を作る。女性型でありながら短い髪の毛先をもてあそぶ様子はさながら世間を騒がせる女優のようで、万人が見れば万人が惚れ込むことは最早間違いないだろう。だがそれだけならばただ淫らな売女だ。露わになった肩を薄いストールが隠し、そこに気品を与える。
完璧だ。それはまさにそう言うにふさわしい。
「美しい……」
思わずそう零してしまったことにすら気づかないほどの衝撃。
ふらふらと無意識に頼りない手を伸ばし、彼女の手を掴む。
彼女は拒まなかった。
手を取られ、その手の甲、爪先にキスが贈られる様子を、至極当然と言わんばかりの瞳で見ていた。
「ありがとう。あなたのような人は嫌いじゃないよ、僕は」
彼女は神の作り上げたものに間違いなかった。
優しくかけられたその声に、私は涙をこぼす。
一滴、二滴。頬を伝い膝へとその滴が落ちる。
姉弟の元へ戻る彼女の背中を見るこの切なさよ。
ああ、だめだ。彼女は、彼女は駄目だ。
私はもう戻れなくなった道の残骸をそこに見た。
扉なぞ、もうどこにもない。
「紅桔梗が、私の手元にある最後の商品です」
蘇芳が言う。
彼がパチン、と手を鳴らすと、今までわいわいと戯れていた人形たちが元のように整列した。
その引き締まった顔はひどく無機質で、私の触れたどの顔とも違う。ギョロリとした目に恐怖する。これこそが人形の顔だった。
「ナンバー9は……」
「9は欠番となっています。そして最後の10人目は」
今まで蘇芳の後ろに控えていた露藤が動き出す。
恭しく一礼し、失礼します、とハスキーな声を響かせて私の膝元へぺたりと座り込んだ。
「彼がキャンヴァスシリーズの最終作。シリアルナンバー011、露藤です」
紹介を受け、その表情がふんわりと和らぐ。
私の膝にそっと手を置き、綿でも乗っているような軽さで撫で上げる。甘えるように私に膝を預け、慎ましく息を吐いた。
「従順にして純粋、美麗にして素朴。まるで夢幻とまで言われた一品。どこに出しても恥ずかしくはありません。作り手の理想が極限まで詰め込まれ煮詰められた、完璧にして不完全なドール」
露藤は何も言わない。ただ彼の吐息だけが、そこにあるのが当然とばかりに空気になじんで溶け込んだ。ありもしない心音が私の皮膚を伝って届いてくる気がした。
私にはそれで十分だった。何をされようと、何を言われようと、私はすでに決まり切った道を歩んでいた。
まず目を引いたのはその目。まるで宝石、アメジストとサファイア。深い色をした紫と青が左右に一つずつ。長い前髪が僅かにそれらを隠しているが、そんなものでその輝きはくすんだりしない。むしろ隠されることでさらに輝きを増した。
次は腰の細さ、プロポーションの良さ。紺を基調として、白いレースやフリル、リボンのあしらわれたコルセットに絞められたそこは、女性の持つようななだらかで蠱惑的なラインを作り出している。思わず指でなぞりたくなる歪みのない一本の線、背徳的な欲望すら湧き上がってきそうな恐ろしさ。
コルセットと同じデザインのアームカバーがまた雰囲気を引き締めるいいアクセントになっていた。
下肢を覆うスラックスは青年の細い脚にぴったりと張り付く細身のデザインで、全体的に絞まった、どこか無機質な魅力を感じさせる。
最初に、全ては決まっていた。
「さぁ、あなたのお好みは?」
赤い瞳が私の奥底を射貫く。
ああ、意地の悪い。あなたはもう既に知っているだろうに、私に言わせようというのか。
ああ、いいだろう。ならば望みのものをくれてやろうじゃないか。
震える指で、未だ膝に甘えるような仕草を見せる露藤の頭を撫でた。
「私は―――」

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