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「……それでは、次を。シリアルナンバー007」
「烏羽だ」
それは私の前にある大理石のテーブルに腰掛け足を組んでいた。艶やかに光る石、その光を肌が受けてパールのように優しく反射する。その目は不遜。遠慮もなくまるで品定めをするように私を眺め、その様子はその奥にいる蘇芳にそっくりだ。
黒い髪に、切れ長の黒曜石。ミニハットにベスト、ショートパンツにクラシカルなブーツ。
モノトーンで統一された、まさにドールとも言うべき衣装。手袋を染める七色のインクがそれに唯一残された色であった。その鮮やかさがいいアクセントになっている。
そんなものに上から下、瞳の奥を覗かれている。
どこかの偉人が言っていた。こちらが深淵を覗き込むならば、深淵もこちらを覗いている。まさにこのことだろうかと上の空気味に思う。
そうしてそれは存外にも早く立ち上がり、あっさりと私の元から去って行く。
「烏羽」
蘇芳が呼ぶ。何か言いたいことはないのか、そう言いたいのだろう。
だがしかしそれは彼が思っている以上に淡々としたものだったようで。
「わかっているだろう。それは僕の主に足る器じゃない」
そう吐きだした。成る程、辛辣。
従順であるだけが人形ではない、ということだろうか。
その背は小さくありながらも、随分と大きく見える。誇りを抱え、自信に満ち、それらの重さで靴が高らかに鳴る。
あれが人のあるべき姿だ。まさに理想だ。
「失礼を。彼はどうも、天邪鬼と言いますか、手に負えないところが時折ありまして」
「構いません」
彼が私に弁解する。だが私が気分を害したかといえば全くもってそんなことはない。むしろそれがいいのだ、とまで思う始末だった。
こちらを振り回そう、掻き乱そうとしてくるその傲慢さがいい。
そんなことすら考え始めていた。
「次を。次を呼んでください」
「……そのように」
次が待ち遠しかった。人形たちが姿を現す度、私の目の前はきらきらと輝いて見える。
烏羽は7番目の人形。シリーズは全10体。要するに残りはあと3体。
どんな人形が来るのか。どのように私を魅了するのか、手玉にとろうとするのか。
この胸の中にあるのは期待と快楽の残り香。それはまるで麻薬のようだった。
「シリアルナンバー008、香染です」
やってきたそれは今までの兄姉とは一風変わった出で立ちをしていた。
今までは全てドレスやスーツ、着物ですら洋風にアレンジされていたというのに、それは純粋な中華服を身に纏っている。
赤茶の布地は茶色の髪と赤い目に合わせたのだろうか。黒い革製のベルトが腕から腰から足から多くあしらわれ、締まったシルエットにさらにエッジを効かせている。
わずかに垂れた目元には紅が差され、表情が甘くなりすぎないように繕われていた。
雰囲気を大事に、気を遣われている。
シャープで引き締まった、一本の剣のような鋭さ。彼からはそんなものを感じた。
「彼も少し特技というか……特徴のある子でして」
にんまりと笑って蘇芳が言う。
「抱いてみてください」
「…………!!??」
その言葉に動揺したのは私だけではなかったようだ。
目の前の人形はその白磁の肌を真っ赤に染め上げて体を震わせる。
「ふざけんな蘇芳!なんで俺だけ!」
荒い言葉遣い、そこも今までとは変わっている。
外を自由に駆け回るやんちゃ盛りの子供。私はそれに野原の光景を見た。とても似合う、そこを自由に走り回るこれを見てみたい。
「減るものではないでしょう。ほら、早く」
痺れを切らせた蘇芳がその小さな体を持ち上げて空想に浸る私の膝に乗せる。
先ほど花葉を乗せたときとはまた違った感じがする。あの時とは違って、今はじっくりと彼を見ることが出来た。
瞳の輝き、髪の一本一本の細さ、関節までしっかりと作り込まれた指の繊細さ。この距離だからこそ気がつくことに一々目が奪われる。
ここまで来たら存分に堪能してやる。腕を回しそっと抱え込むと、香染は私の中で縮こまっていた。
「恥ずかしがり屋で中々素直になれない。意地っ張りで甘えることが苦手」
その言葉と目の前の様子がリンクする、成る程納得だ。
さて、いい加減解放してやろう。そう思ったその瞬間、鼻を何か甘いものがふわりとくすぐっていく。
花や果実のように爽やかなものではない。ただ糖度だけを集め、煮詰めたようなもの。たとえるのならば、とびきり上質なミルクチョコレートの中に溺れているような、そんな香り。
だがそれが全く苦ではない。一呼吸のうちに夢の中に連れ込まれて、それが延々と続いていく幸福感。
「その代わり、その身体はどこもかしこも甘いもの……もしもその子をと望まれるのなら、どうぞ、ごゆるりと」
それは夢の塊であった。
香染の背を見送りながら、私はまだこの腕の中にあれがいる気がして、その甘い香りを抱きしめていた。
どれもこれも、それぞれの形で私の中にその影を残していく。私の心の中を埋めて、いっぱいにしていく。
だがしかしそれにも終わりが近くなっている。
これで8人。残りはあと2人、たったの2人だった。

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