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私の混乱をよそに駆けていった卯の花は、影の中の一つとハイタッチを交わす。そして交わしたもう一つの影はこちらに走り込んできて、輝かしい金髪を光に晒す。
「製造番号004、水縹ですっ!よろしくお願いしますっ!」
勢いよく頭を下げると、その頭から乗せられていた小さなセーラー帽が転がっていく。わたわたと慌てたように拾い上げ被り直すと、期待の目を私と蘇芳へ交互に向ける。
紹介の役をすっかり奪われてしまっていた彼は小さくため息をつきながら言葉を足した。
「性格は幼いですが芯があり少し頑固、純粋な子です。この子は他の姉弟たちとは少し変わった特技がありまして」
「特技?」
水縹へ目を向けると彼は自信に満ちあふれたような顔でぱかりと口を開く。その口から聞こえる声のなんと涼やかで美しく心に響くこと……ほんの少しの時間が何時間にでも聞こえる、それほどでありながらまだまだ聞いていたと思わせてくる。その歌は、ただ素晴らしいの一言に尽きた。
歌い終えるとぺこり、と再び水縹はお辞儀をする。落ちた帽子を拾いに行くセーラー服の後ろ姿を、私はこの先何度見るのだろうかと思った。ついつい表情が緩み、帰ってきたその頭を一つ撫でてやる。
「僕を選んでくれたら、いっくらでも歌ってあげるからね」
えへへ、なんて無邪気な笑い声を残して彼もまた影の元へ戻っていく。
青と白のセーラー服、青色の半ズボン、白いハイソックスに青色の靴。そんなシンプルな格好の彼は素朴な魅力を備えていた。
髪を撫でて感じるその繊細さは見るだけでは得られなかった物だろう。そして何よりもあの歌が私の意識を鷲掴んで離さない。
蘇芳は考え込む私をじっと見ていた。
彼がどんな感情を持って視線を向けていたのか、それは私には全くわからないことである。
もし順番通りであるならば次は5番目。ついに折り返し地点である。
「続きましてシリアルナンバー005」
カラコロと今までの革靴とは違った下駄の音がする。
影に目を向ければ、そこに佇むのは桃色の人形。
桜柄の布で作られたドレスは着物のような雰囲気を孕み、腹部で締められた黒い帯が全体の雰囲気までもを締めている。
黒のまとめ髪と糸のように細い目が知的かつ穏やかな雰囲気を表しているようで、その雰囲気がまた服装とマッチしていた。
「名前を撫子。大人しくあまり手間がかからない。聞き上手で、日頃からストレスをため込みやすい方におすすめです」
細い目がうっすらと開き、私を超えてどこか遠くを見ている。どこかわからない虚空に、彼女は何を見ているのだろうか。私を超えておきながら、この胸中をのぞき見ているのではないだろうか。そんな妄想が無意味に胸をかき乱した。
ミステリアス、オリエンタル、そんな言葉がすっかり当てはまりそうな不思議な魅力を確かにこの肌が感じている。不思議、そう不思議だ。それが何物よりも似合う言葉だろう。
ただ私はそれに引き込まれていくのみだ。
「何もかもを打ち明けてくださいまし……それが、私の幸せですわ」
もしも貴方様が私を選んでくださるならば……。
そうして撫子は再び下駄を鳴らして来た道を戻っていく。
カラコロ、カラコロ。
この音が耳の中で反射して、頭痛がしてきそうだった。
止まってくれ、もっとこっちへ。
この音がかすれて消えていくことがどうしても耐えられないようだった。
「少し時間を置かれますか」
弱り切った私に蘇芳からの提案。だがしかし彼の申し出に私はそっと首を横に振った。
休憩なんてとんでもない、今の私にとっては生殺しも同じだ。
早く、早く次へ。
次の夢を私に見せてほしかった。
「それではシリアルナンバー006」
それは織部に連れられてやってきた。
導いてくれる緑色で飾られた細い手をぎゅっと握り、ヴェールでうっすらと隠されたその表情はどこか固くぎこちない。
黒の……おそらくは喪服に、レースの長手袋。黒と灰色で染められた身であったが、各部分コントラストが様々。まるでモノクロ映画を見ているような風情がある。落ち着いて、がやがやとした騒がしさを感じさせない。そのシンプルさだからこその美しさがそこにはある。その線の細さが見いだす儚さ……そこに私の胸は締め付けられた。
「錫と申します。無口で多少人見知り。慣れるまで時間が必要ですから、気長にお待ちいただける方におすすめしています」
織部の指が錫の顔にかかるヴェールをあげ、露わになった頬を撫でる。その肌の見るからにつるりとした細やかさは他の姉弟たちと変わりなかったが、そこに人らしい色はない。
凜と冷めた陶器の色。
誰かの手が触れることによって、その色はさらに際立つ。触れあいの元で真を見せる。
その手に私はなりたかった。
「失礼を、いたしました」
自らの手でヴェールを下ろし、一礼。そしてまた来たときと同じように織部に引かれていく。
その後ろ姿の小さく細いこと……今すぐにその体を抱きしめて折りたくなってくるほどだ。
「彼女には少し込み入ったものがありまして」
彼の声が耳から入ってくるものの、その情報が脳まで伝わってくることはおそらくなかった。遠くで姉弟仲良く戯れているそれら。その光景を焼き付けようと、私の目と脳みそはフル稼働していたに違いない。随分と私は必死で、見る人によっては猿か何かにも等しいのではないかとすら思った。そんな私に彼は苦笑する。

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