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私の感じているその恐ろしさを知ってか知らずか、わずかに明るさを含ませたその声で蘇芳がショーの幕を開ける。
「さぁさ、早速御紹介と参りましょう」
その言葉とともに行儀よく並んでいた中から一つの人形が私の足下までやってきた。そして貴族の令嬢か何かを思わせるように小さくお辞儀をする。その仕草によしとするかのように頷くと、蘇芳はさらに言葉を重ねた。
「シリアルナンバー001、織部です。性格は温厚でしっかりもの。万人に受ける子です」
「あらあら、そんなに褒められたら照れてしまうわ」
織部、と呼ばれたそれは、蘇芳の言葉に口元を隠しながらクスクスと笑った。動く度に淡いエメラルド色をしたエプロンドレスがふわりと膨らみ、緩くウェーブのかかったキャラメル色の髪がゆれる。その髪の上にはドレスと同じ色のミニハットが乗り、頭から足の先までをまとめ上げている。全体的にその印象は綿のように柔らかくそして軽く、ふわふわと浮いてどこかへ行ってしまいそうだ。
織部は私のことをじっと見て、ふふ、と笑う。
「もし私を選んでくれるなら……そうねぇ、まずは少しお休みしましょうね。大丈夫、私お世話は得意だもの」
ほんの少し語尾が間延びした声で言いながら、スカートの裾をつまんでもう一度お辞儀をする。
そうしてから織部はほかの8つの陰の元へ戻っていった。戻った瞬間、彼女の周りをその陰が囲む。
露藤も先ほど口走っていたが、それら人形の中にも製造順で序列か何かがあるのだろう。製造番号001、姉弟の長。周囲の陰にも納得する。
しげしげとそれを眺めていると、肘掛けに置いたままにしていた手がべちべちと無遠慮に叩かれるのを感じた。だが私の横には誰の陰もない。ソファの脇を覗くと、そこには金色のつむじのような物が見える。
「シリアルナンバー002、花葉と申します。人懐っこく社交的、少し騒がしいのが難点ですが……」
「騒がしいじゃなくてにぎやかって言ってよっ!」
私の膝の上でぷりぷりと可愛らしい怒り方をしている花葉。人懐っこい、社交的。成る程その言葉に納得する。
加えてそれは活動的であるようだった。よじよじ、と私の膝に上ってきた花葉は、満足げな顔で遠くに見える弟妹たちに手を振る。向こうからの反応にも満足して私の方へ振り返ると、ようやく振り返って私の方を見た。
「あたしを選んだらきっとおうちの中が明るくなっちゃうからね!楽しみにしててっ!」
言い終わるや否やそれは私の膝から飛び降りる。結われたポニーテールが元気に跳ね、軽やかに駆けていく。爽やかな風が吹いた後のような爽快感をそれは纏っているようだった。
そして気づく。同じシリーズの人形といえど、そのコンセプトは個体ごとに違うようだった。先ほどの織部と今の花葉がいい例だ。
織部の服装はおしとやかな印象のエプロンドレスにミニハット。
対する花葉はブラウスにベスト、ショートパンツにブーツ、果てにはゴーグルときた。
わずかにくすんだ金と茶で揃えられたその雰囲気は言うならばスチームパンクと呼ばれる物で、前置きでもなければ同シリーズとは思われないだろう。
「この毛色の違いが、彼女らの売りなのですよ」
同じばかりでは面白くもなんともないでしょう。
私の思考を読んだようなタイミングで蘇芳は切り出した。私はその言葉に何の疑問を抱くこともなく、そういうものか、と納得して次の人形を待つ。
「次はシリアルナンバー003、卯の花です」
名前を呼ばれた途端、織部にくっついていた影のうちの1つが体を震わせた。白い毛皮の頭巾を被ったそれは他の姉弟たちと比べて一回りほど小さく、その分ぴょんぴょんと跳ねるその動きが小動物のように可愛らしく見える。その大きさのため、花葉のように膝までよじ登ってくることは出来ないようだが、私の足にぴとりと貼り付いて甘えるような仕草を見せる。
可愛い。
頭の中にその一言だけが転がっている。
「姉弟の中で一番小柄です。好奇心旺盛で人見知りはありません。ボディは男性ベースではありますが、ドレスも似合うし本人も嫌がらない。珍しい子です」
「男の子!?」
その言葉に思わず身を乗り出して卯の花を見る。
足から剥がしてみれば胴の部分が見え、身に纏っているのは三つ揃えのスーツであった。
白い頭巾をするりと脱がしてやれば、その下からは白から淡い水色へ、綺麗にグラデーションした絹糸のような髪が現れる。
ハーフアップにして編み込まれたセミロングの髪は男であることに対して疑問を抱かせるが、店側が言うのだから間違いはないのだろう。
若干潤んだまん丸の目を向けながら、強請るような甘い声で卯の花は言う。
「おにいさんは、ぼくにおそとをみせてくれる?ぼくおそとみてみたいの……」
上目遣い、たどたどしい言葉遣い。
幼い子供のこんな仕草にときめきを覚えない人間なぞいてたまるか。
頭巾を被り直し、こちらに手を振りながら姉弟の元へ帰って行く卯の花を見送りながら、私は胸の高鳴りを抑えきれずにいた。その高鳴りの正体を私は知らない。

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